恐怖の語部 第十二怪
仮想の花嫁 2
あなたの花嫁になりませんか――
この奇妙なサブジェクトのメールを、パソコンのメールソフトで受け取った。差出人は仮想携子という。また新たな出会い系勧誘メールか、と私は思った。
中小企業に勤めて二十年以上経ったが、未だに独身で、いつの頃からか、結婚のことを強く意識していた。インターネットで結婚情報サービスやらお見合いセンターやらのオフィシャルサイトを見ることはあっても、勇気がなく、なかなか入会することはできずにいた。
そんな私の存在を知ってか知らずか、その頃から出会い系勧誘メールがたくさん来るようになった。どれもこれも似たような内容で、逆援助で金のある女性(主婦)が内緒で会ってセックスしたいと言う。それが済めば金を払うと言うのだ。なぜ、そのような女性がこの世に存在するのか、不思議でならないが、やはり信用しないことにしている。いくら完全無料だろうが、架空請求などのワンクリックではないだろうが、疑わしいものはやはり無視することに限る。
このような迷惑メールの中で、奇妙なサブジェクトのメールがまざったのである。
あなたの花嫁になりませんか――
どうも変な文章だ。普通、花嫁にしませんか、とか、結婚しませんか、だろう。いくら考えてもわからないので、内容を見ることにした。まさか、ウィルスメールなどの類で、パソコンが壊れることもあるまい。
http://www.virtual_bride.com/
内容はこれだけだった。このホームページアドレスしかなかったのだ。ヴァーチャルブライド、仮想の花嫁という意味だ。バカバカしくなって、このメールを削除することにした。
この頃、残業続きで身も心も疲れていたので、毎日多量に来る迷惑メールにはうんざりした。ストレスになりそうだ。
翌晩、残業で遅く帰った私は、コンビニで弁当を買おうと思ったが、財布を確認してみると、かなり足らないので、諦めて帰途に向かった。まだいくつか残っているカップラーメンでも食べるか、と思いながらアパートに近づくと、いいにおいが漂った。別の部屋の住人が料理しているのだろうと考えたが、自分の部屋から漂っていることに気づいたとき、ハテ、と首を傾げた。
鍵をかけておそるおそるドアを開けて点灯をつけてみると、キッチンのテーブルには炊きあがったばかりの炊飯器と料理の皿が並べられていた。
いったい誰が――
まったく心あたりがなかった。私に好意を寄せてくれている女性など、会社にも周囲にもいないし、家族や親せきなどは住んでいる地方が遠いからわざわざ来て料理してくれるはずはない。いや、前もって連絡がないからなおさらだ。
一瞬、自分の部屋をまちがえたのではないか、と見まわしたが、まちがいなく、毎日見慣れた自分の部屋だ。
誰が料理したか、というより問題は部屋の鍵だ。合鍵なら心あたりがある。アパートの管理人だ。だが、管理人の奥さんが無断で料理するだろうか。念のために電話して訊ねてみたが、そんなこと覚えがないという答えだった。
箸をつけていいのか、どうか、迷った。そのとき、何かが光るのを感じた。見ると、パソコンが起動して、画面がOFFからONへ切り替わろうとしていた。
バカな――
私は一度も触ってないのに、パソコンが勝手に起動するなんて……
しばらくすると、パスワードを入力する画面になった。いつもと変わらない画面なのに、そのときばかりは無気味に思えた。おそるおそる入力し、キーボードのENTERを押す。
「こ、これは!」
次に切り替わった画面を見た瞬間、心臓が外に飛び出るのではないかと思うほど、驚愕した。
パソコンの画面が、私の部屋を映しているのだ。
どこかに隠しカメラでもあるのかと部屋の中を探しまわったが、見つからなかった。
パソコンの画面に映っている部屋の様子を凝視すると、何かが動く気配があった。それはテーブルの前に立っている女性のうしろ姿だった。スタイル抜群だ。
私は思わずキッチンのほうへ振り向いた。が、いない。パソコンの中の部屋にはたしかにひとりの女性がいる。が、現実の世界では、存在しないのだ。
「お帰りなさい。あなた。今日もご苦労さま」
パソコンと現実を見比べているしかない私の耳に、女性の声が飛び込んだ。パソコンのほうを見なおすと、画面いっぱいに女性の顔が笑いかけているのだ。
私は思わず飛びのいた。畳に尻持ちしながら後じさりする私の肩に、誰かの手が置いた。ギクッとして上を見あげると――
「ギョッ!」
私は文字通り目を大きく見張った。そこにはたった今パソコンの中にいたはずの女が、ほほ笑みながら立っていたのだ!
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