恐怖の語部 第四怪
きっと夢だ
男はハッとして飛び起きた。汗がびっしょりだ。呼吸も乱れている。
何だかいやな夢だった。夢というものは、一度、眼が覚めてしまえばすっかり忘れるのだが、今朝に限ってそれがハッキリ憶えているのだ。どんな夢だったか――
周囲は暗闇に包まれていた。何も見えやしない。わずかの光さえもない。その中で男は立っていた。なぜか、素っ裸だ。
何もわからず歩いていたら、突然、殺気を感じた。それは研ぎ澄まされたナイフのような感覚だった。闇ばかりで何も見えないはずなのに、その気配だけは敏感に感じて取れた。
怯えながら逃げたが、前方からナイフの刃先が光るのが見えた。その刃が迫る!
男の胸に来た時、眼が覚めてしまった、という訳だ。
だが、会社に出勤して仕事に没頭していると、その夢のことなどすっかり忘れていた。
数日後、ふたたびあの夢を見たのだ。前回と同じ暗闇の中、裸の男が相変らず歩いている。と、またもやナイフの光る刃先が男を襲う。だが、その時になると、もう眼が覚めてしまう。
そんな夢が時どき現れるようになった。同じパターンなのだ。はじめは恐怖でしかなかった感覚が次第にゲーム感覚になりかわり、逃げることにスリルを楽しむようになったのだ。だから今晩もそんな夢が現れても、男は安心して眠れるのだ。
またあのナイフが襲う。それを逃れるために男は必死に走る。たとえ、そのナイフが男を殺したとしても、しょせん夢は夢なのだ。男はいつもと同じように朝を迎えるのだろう……
翌日、アパートの一室で、男の他殺死体が発見された。その胸には一本のナイフが突き刺さっていた。だが、顔を見ると――
殺される恐怖はみじんもなく、むしろ喜びに似た表情だった。
【新誠の書斎】http://www.drhp.org/syosai/