恐怖の語部 第十一怪
花嫁の首飾り
老若問わず、女性は誰でも光り輝くきれいな美しい石、宝石にうっとりしたり、魅力を感じたり、手が出せずにため息をついたりする。高価だから誰かに買ってもらったり、あるいはそれをプレゼントされたりすると、よけい嬉しくなる。そして、身に装着して自分をさらに着飾り、一時ナルシシストになってしまうものだ。指輪なら指を、耳飾り(ピアス、イヤリング)なら耳を、首飾りなら首を、きれいに見せるのだ。しかし、宝石だらけを装着しても反って、本来の美しさを損なってしまうことを、本人は気づいているのか、いないのか。
いや、あるいは本来の美しさではなく、宝石を身に着けることによって、運命を変えようとする……言いかたを変えるとすれば、宝石の魔力を信じるあまり、自分の悲運を幸運(あるいは好運)に変えようと、何の疑いもなく、身に着ける。要するに他力本願、おまじない、信仰(迷信)と言えばそれまでだが、ここにひとつ、ある呪われた宝石の話を紹介することにしよう。
石村悠子(いしむらゆうこ)は近く結婚する予定だ。相手はインターネット関連事業を経営している青年実業家、佐上紘章(さがみひろあき)である。大学時代にベンチャー企業を起こして以来、好運に恵まれて大企業になった。マスコミにもたびたび取りあげられるので、インターネットをやらない人種でも、その存在を知らぬ者はなかった。また、株で大儲けしたという話題で、若者たち、とくにニートとかフリーター、パソコンおたくなどの間には絶対的な人気があった。一時、マネーゲームが流行した。
そんなある日、佐上紘章が海外事業拡大計画のため、経済が成長しつつあるアジアの某国を訪問したときのことである。ネットオークションの商品を探していた紘章は、小さな宝石店で、妙な噂を聞いた。世界のどこかで世紀最高の宝石、ルビーが眠っていると言う。真赤に輝くルビーはギリシャ神話時代の昔から伝承され、その魔力によって、人びとは金持ちになったり、豊かな暮らしになったり、幸せな結婚したり、夢がかなえたり、など、好評が絶えなかった。それがある事件をきっかけに封印されたのである。
その事件とは何か。話を聞かせてくれた宝石店の支配人は、それまでの態度とちがって、なかなか容易に口を開いてくれなかった。「あれは呪われた石です」と言ったきり、石のように口を閉じたままだった。
興味を覚えた紘章は高い金を払ってその封印の場所を聞き出し、探検の旅に出た。封印されたという場所へ近づくたび、様ざまな人びとの忠告があった。易者、科学者、歴史学者、博物館など、異口同音に「呪われた石だから決して身に着けてはならない」としか言わず、その理由や背景などは誰も語ろうとしなかった。
封印の場所は意外にも教会であった。巨大な十字架が掲げられ、ルネサンス美術関係の絵が並び、わずかしか陽光が届かない天窓の教会の中、開かずの間に保管されていると言う。
牧師が事件の内容、背景などを話してくれたが、やはり「断じて身に着けてはならない」と言うのだ。現品を見たいという紘章の頼みに、牧師は首を振るばかりで、現品も見せてくれなかった。
牧師に追い返されてしまった紘章は、それでも諦めきれず、現地の盗賊に金をやった。しかし、盗賊は金を受け取ろうとしない。やはり盗賊もあの宝石に関する噂を知っているから、手を出したくないと言う。
呪いか。そんなのは迷信だ。バカバカしい。
翌日も紘章は教会へ足を運んだ。その宝石を買うためだ。どんな高価な値でもいいから、ぜひ売って欲しいと頭を下げる紘章に対して、牧師は頑固に首を振るだけだ。この世に金に勝るものはないと強気な紘章の性格のために、呪いを金で買うようなものだと牧師に言われても怯まない。
とうとう根負けした牧師は、金を受け取らない代わりに、封印している厳重な金属製の箱を持って来た。辺の長さがそれぞれ十センチ、十五センチ、二十五センチくらいである。しかし鍵穴に差し込むためのキーはなかった。この教会ではなく、もっと別な地域の教会に保管してあると言う。
その教会へ出向き、キーを手に入れることができたなら、この箱を差しあげることを約束しよう、と牧師に言われた紘章は、早速その教会へ向かう。
だが、何年か前の地震によって、その教会は跡形もなく消えていた。携帯電話で抗議した紘章だったが、跡地のどこかにキーが隠されているかも知れないと言う牧師の言葉を信じることにした。何時間もかかって探し続けた。
まさか見つかるはずはないと期待していた牧師の予想を裏切って、紘章は見つけたと言う。その実物を確認した牧師は、すっかり諦めて箱を紘章に手渡した。
翌日、帰国に向かう飛行機の中で新聞を読んでいた紘章は、ある記事によって眼が大きくなった。それは牧師の首吊り自殺が報じられていた。ノイローゼか、うつ状態のためか、原因はわからなかったが、遺書にはただひとつ、「Blood Stone」としかなかった。
事業拡大と宝石獲得に成功した紘章を乗せた飛行機の到着に、婚約者・悠子が出迎えた。お土産と言って手渡したのはあの宝石の箱だった。喜ぶ悠子だったが、実物を見るのはあとにすることにした。実は紘章もまだ見てなかった。ビジネスが忙しかったので、じっくり見るヒマがなかったのだ。
空港ホテルに泊まった紘章と悠子は、すぐ宝石を見てみようとはやる気持ちで箱を開けた。
「まぁ、きれいな色だわ」
悠子がため息つくほど、真赤なルビーとそれを囲む銀色のダイヤモンドがキラキラ輝いた、豪華な首飾りだった。妖しい赤の色は、血のようにも見えた。紘章がシャワーを浴びている間、首にかけて彼に見せようと思った悠子が、それを首にかけたとたん、
「きゃああああーッ!」
浴室で悲鳴を聞いた紘章はすぐシャワーを止めて浴室を出た。
「どうした、悠子?!」
悠子を見たせつな、紘章はこの世の恐怖を目の当りに見たのだ。首から上が消えた悠子の体が、部屋の中をさまよっている!
「ここ、どこなの。どうしてこんなに暗いの。紘章さん、どこ?」
という声が聞こえたかと思うと、突然首から血があふれ出した。
「きゃああああああーーッ!」
断末魔のような悲鳴とともに、悠子の体が倒れた。
「悠子?!」
驚きと悲しみで我を失った紘章は悠子の体を抱き、その名を呼び続けるしかなかった。その反動で、あの首飾りが悠子の体から落ちた。そして、まるで意思を持っているかのように、動き始めた。その真赤な宝石に、悠子の泣き叫ぶ顔が映ったように見えたのは気のせいか……
開け放たれた窓へ向かうと、まるでかごの中の鳥が飛び立つように、空へ飛び立った。
Blood Stone――
真赤に燃えるような赤の色から、血の石、と名づけられたこの宝石は、十八世紀、ある貴族の女性が愛用していたものだった。
ある時、ふたりの男性に求婚されたが、女性はひとりを選んだ。選ばれなかった男はその後、性格的にゆがみ始め、危ない人格に成り代わってしまった。けんかも絶えなかったので、たびたび警察に連行された。
そんなある日、昔愛した女性が結婚すると聞いたとき、嫉妬に狂った。いっそ殺して自分も死のうと思い立った男は、結婚式場に忍び寄り、手斧で無差別的に殺し続けた。
最後に、白いウェディングドレスを身に包んだ女性の首を勢いよく斬った。離れた首と胴体の間には、あの真赤な首飾りがあった。
男は自分で凶器の手斧で自分の頭を叩き割り、自殺した。
この恐ろしい事件のあと、宝石は宝石商、収集家、デザイナーなどの手に渡ったが、いずれもあの恐ろしい死体、つまり顔がどこにも見あたらなく、首なしの死体が出た。だから、呪いを封印するために、厳重な金属製の箱に入れ、教会の開かずの間に保管されることになったのである。
しかし、この呪われた宝石は時を越えてふたたびこの世に出現した。今もどこかに犠牲が出るだろう。
もしかしたら、あなたが今、首に飾っているのは、あるいはそれかも知れない……
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