恐怖の語部 第十三怪

花嫁の亡霊

 日本でもっとも交通事故の多発する地帯では、一週間に一度か二度、対向車同士の衝突による事故が多く、運転者や同乗者がほとんど死亡しているので、事故状況が不明な部分が多くあった。密度の濃い人口都市ではなく、交通量もそんなに多くない道であるから、事故に遭った者は不運としか言いようがない。
 地元の警察は事故の原因を追求できないまま、相次ぐ事故に辟易していた。また、地元の住民たちの耳に、あれは呪われた道だ、と言う噂が流れた。あるいは悪霊が運転者を脅かすので、事故になるのだと言う者もある。
 その真相を確かめるため、マスコミやテレビ関係の人が何日もかかってカメラをまわしたが、何も起こらなかった。それでも事故は起こるのである。
 江碕杏子(えざききょうこ)は高校卒業後、出身地を離れて単身就職し、一年後、社内恋愛をした。デートで彼氏の愛用する車でのドライブによくつき合った。
 その日は遠出して観光地や遊園地など遊び歩きまわったあと、観光ホテルに泊まった。そしてプロポーズされ、将来を誓い合う仲に至るようになった。
 翌朝、杏子は彼氏の運転する車の助手席にいた。帰り道ではあるが、昨日来たときはなかったのに、道路工事中という看板があった。運転する彼氏は首をひねりながら、看板にあった回り道を通った。交通量もあまりなく、だんだん都市から離れてうら淋しい地方の道に入った。
 不安になった杏子は地図を取り出して現在地を確認した。このまま行くとまったく別の方向に向かうので、いったん戻ることにした。彼氏の車はバックして方向転換し、来た道へ戻った。
「……あれ、何だかヘンね」
 来た道を通っているはずなのに、周囲の景色はまったく見覚えがなかった。それのみならず、霧が出てきて、だんだん視界が利かなくなった。フォグランプをつけて走行するが、ますます白い闇は深まるばかりだ。
「停めて!」
 不安を募らせた杏子が叫ぶと、彼氏の車は止まった。現在の場所が把握できないのだ。助手席の窓を開けて外の様子を眺めたが、霧のほかには何も見えない。地面さえも霧に覆われて、まるで宙に浮いているような感覚だ。
「いったいどこなの」
 彼氏と杏子は顔を見合わせるばかりで、何も答えを見つけることはできなかった。ふと、前方から車のライトらしいものが近づいた。
「あの車の人に聞いてみよう。何かわかるかも知れない」
 ドアを開けておそるおそる足先を地面につけてみた杏子は、何の異常もないとわかると、何とか立って、両手を振りあげた。運転席の彼氏は、相手の注意を引くように自分の車のライトを点滅させた。
 安堵した表情の杏子だったが、次第に恐怖の表情に変わった。前方の車は、こちらの存在をまるで気づかないかのように、スピードを落とさないのだ。いや、突っ込んで来る!
「きゃあぁーッ」
 杏子も彼氏の車も、大型スポーツカーに突き飛ばされた。スポーツカーは大きく旋回したあと、何かにぶつかったらしく、爆発し、炎上した。
 一気に噴き上げる赤い炎と黒い煙の中から、何か形の定まらない物体が浮遊しているのが見えた……
 目が覚めたとき、杏子は病院のベッドの中にいた。最初、何だ夢だったのか、と錯覚したのだが、両親の心配顔が目の前に迫ったとき、ただごとではないと気づいた。
「杏子、気がついたのね。本当に助かってよかったわ」
「まさに奇蹟と言うしかない」
 父と母の話によると、杏子は病院で一週間も意識不明だった。
 交通事故があったとき、地元の通報があってすぐ救急車で運ばれたのだが、血だらけでひどい出血、火傷、傷を診た医師の誰もが助からないと思った。事実、心臓の動きもだんだん弱くなるばかりだった。
 一度心臓が止まった。電気ショックも心臓マッサージも繰り返したが、蘇生することはなかった。
 ご臨終です、と医師の言葉を聞いた母は、娘の体にしがみついて激しく嘆いた。が、そのとき、ドクンドクンという音を聞いて「生きてます!」と叫んだ。
 心拍音を示す機械の直線がふたたび波になったので、驚いた医師はもう一度杏子の体を診た。確かに心臓は動いていた。心臓がふたたび動き出したのだが、それから一週間も意識不明のままだと言うわけであった。
 病院のベッドで意識を取り戻した杏子は、両親の話を聞いたあと、真っ先に気がかりだった彼氏の生死を訊いた。両親は何も答えようとしなかった。
「ま、まさか、死んでしまったの?!」
 母が力なくうなずくのを見た杏子は、ベッドの上で嘆いた。悲しくて気持ちが張り裂けんばかりに、いつまでも泣き続けた。
 体の怪我は元通りになっても、事故の後遺症も心の傷あとも完全に癒えないまま、杏子は退院した。
 社会復帰したものの、彼氏の思い出が詰まっている今の会社にだんだんいられなくなり、辞表を出すことにした。そして彼氏が死んだ現場へ行って別れを告げたら、あとはちがう自分になろうと決心した。だが、誰も現場の場所を教えたがらなかった。あそこは呪われた場所だ、と父の言葉を聞いた杏子は、自分で調べることにした。あの日、彼氏と最初で最後になったドライブの道を思い出しながら、地図を調べたり、周辺の事件や歴史などを調べまわった。しかし、その場所だと思われるような場所も見つからず、手がかりもなかった。
 いつ頃からか、杏子は誰かの視線を感じるような気がしてならなかった。気のせいか、と思っても、何となく落ち着かない。人の気配のない個室(エレベーターとかトイレなど)にいても、何となく感じるのだ。
 ふと、それは外にあるのではなく、自分の中にいるのではないかと気づいた。
 あたしが、あたしを見つめている……?
 この奇妙な感覚を、あの事故の後遺症のせいだと考えた。あるいは精神異常かも知れない。
 そんなある日、携帯電話のメールをチェックしていると、妙なサブジェクトを見つけた。
 あなたの花嫁になりませんか――
 差出人を見ると、仮想携子と出ていた。心あたりのない杏子はメールを開いてみることにした。
http://www.virtual_bride.com/
「なぁに、これ」
 メールの内容はこのアドレスだけだった。ヴァーチャル・ブライド、仮想の花嫁という意味か、と思った杏子は、そのメールを削除した。
 次の瞬間、その携帯電話が鳴った。タイミングがタイミングだったので、杏子はドキッとして相手の名を見た。未定、と出ているのを不審に思いながら耳にあてる。
「ハイ」
『どう、気分はいかが』
「え、あ、あの、どちらさまでしょうか」
『仮想携子』
「え……」
『わたしはあなたの中に住んでいる者、と言えばわかっていただけるかしら』
「何ですって。冗談はやめて」
 杏子は不愉快な気分になった。
『本来なら通常、あなたは死んだはずなのよ』
「え、どういう意味」
『つまり、わたしが通りかかってなかったら、あなたはすでにこの世の者ではなかった』
「じゃあ、あなたがあたしを助けてくださったんですか」
『ある意味ではそうとも言えるわね』
「え……」
『言い換えれば、わたしはあなたの体を乗っ取った生命体』
「ヘ、ヘンなことを言わないで!」
 杏子は思わず自分の体を見つめた。このまま話し込んでいくうちに、電話の相手がまるで自分の中にいるという錯覚になっていた。
『わたしたちの通信手段はただひとつ、この携帯電話のみ』
 杏子は恐くなって携帯電話を耳から放した。そして画面を見ると、両の目が大きくなった。
「ギョッ!」
 何と、画面には携帯電話を耳にあてて話している杏子自身が映っているではないか。そう認めたとたん、杏子の体が急に、砂の城が崩れるように、無数の粒となって溶け出し、煙になった!
「ぎゃあーッ」
 意識の断末魔のあと、体が消え、洋服だけが残った。そして……
 落下した携帯電話の画面から、何か、半透明な煙のような物体が出て来たかと思うと、無気味な声が聞こえた。
「体が恐怖に支配されたとき、意識は夢幻となってしまうのね。フッフッフ」
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