【新誠の書斎】
【DOLL】
【目次】
DOLL/歳末スペシャル2011
クリスマスなんて大嫌い!
第一回
街はクリスマスムードに包まれていた。イルミネーション(電光飾)に彩られた商店街が、行き交う人びとをひきつけた。とくに学校帰りや仕事帰りの人たちにとって、夕方から夜にかけてのきらめきは、勉強や部活など、また仕事の疲れなどを吹き飛ばしてくれるものがあった。年に一度だけの銀色の童話(メルヘン)を見させてくれる、そんな雰囲気だった。
「フン、クリスマスなんて……」
そんな街の様子を、にがにがしい表情で眺めている少女の姿があった。学校の部活から帰り中の女子高生だった。
「まったく、どいつもこいつも浮かれやがって」
口から出る言葉ではなく、心で思っていただけである。
「早く帰って夕食の用意しなくちゃ」
夕闇に迫りつつある街の中を急ぎ足で歩いた女子高生は、やがて四階建ての木造アパートの二階にある一室へ向かった。自宅である。
「あれ、灯りがついてる。お母さん、もう帰ったのかな」
窓の灯りを見た女子高生はドアを開けて室内へ入った。
「ただいま」
「お帰り」
食事準備中の母親が笑顔を見せながら振り向いた。その顔を見ながら女子高生が聞いた。
「お仕事、今日は早く終わったの?」
「うん、会社の取り決めで一か月のうちに、会社員の希望でどれか残業なしの日を決めて、定時で帰ることができるの。だから、今日はわたしの番ってわけなの」
「へぇ、そうなんだ。残業ばっかりじゃ、体が持たないもんね」
そう言いながら女子高生は着替えて、エプロンをつけていた。母親を手伝おうとしたが、部屋の中にあるものを見た。小さなクリスマスツリーが飾ってあった。
「お母さん、クリスマスツリーなんか飾ったって意味ないでしょ。つらい思いをさせたあいつのことなんか……」
「あの人のことは関係ない。ふたりだけの幸福(しあわせ)、ただそれだけでいい。ほかには何もいらない」
料理を続けていた母親は、娘の顔を見やった。
「麻里亜、あなたはわたしの生きがい」
母親の顔は笑っていた。そんな母親を、阿部麻里亜(あべまりあ)は複雑な表情で手伝っていた。やがて食事の準備ができたので、ふたりは食卓の椅子に座った。食事を始める前に、母親は両手を組み合わせて目をつぶった。
「聖なるイエスの母マリアさま、今日も一日、無事に過ごせましたことを、心より感謝します」
日常茶飯のように祈っている母親の姿は、麻里亜にとって、複雑な心境だった。むしろ、異様な、としか思えない。お母さんのマネなんて、どうしてもできない、と言ってしまいそうな気分だが、今までずっとガマンしていた。
「さ、いただきます」
母親が箸を持つと、麻里亜も手を合わせた。
「いただきます」
それは一見、ありふれた母娘の食事風景だった。
そんなある日の朝、麻里亜が通学中にある公園を通りかかった。木枯らし吹く寒い朝だった。
「サンタクロースなんかホントはいねぇんだよ!」
ひときわ大きい声だったので、麻里亜の耳に入った。その声のほうを見やると、小学生らしい男の子たちが何人か集まっているのが見えた。よく見ると、中心にいる小さい男の子をいじめているらしい。
「サンタクロースはいるもん!」
小さい男の子が叫ぶのが聞こえた。体格の大きい男の子が言い返す。
「バカじゃねぇか。サンタのじいさんなんて、本当はいねぇんだ」
「ちがうもん!」
「こいつ!」
大きい体格の男の子の右手が、小さい男の子を突き飛ばした。転んだ男の子を見下げながら、周囲の男の子たちが、バカにしながら笑った。転んだ男の子は悔しそうに泣き始めた。見ていられなかった麻里亜が近づいた。
「やめなさいよ。小さい男の子をいじめるなんて!」
年上の女子学生の姿が現れると、大きい体格の男の子が言い返す。生意気な態度だ。
「だってよ、こいつ、サンタクロースがいるってんだ。だから本当のことを教えてやっただけだ」
「だからって、いじめていいってことはないでしょ!」
「チェ、わかったよ」
大きい体格の男の子は周囲を見まわした。
「おい、学校へ行くぜ」
その声で、男の子たちの群れが学校へ向かった。それを見送った麻里亜は転んだ男の子を見やった。まだ転んだままだ。
「大丈夫?」
麻里亜は、男の子が立ちやすいように、と手を差し伸べた。その手を無視して、男の子は立ちあがった。ランドセルを背負っているから低学年だろう。背の高い麻里亜を見あげる。
「おねぇちゃん」
「ん?」
「いるんだよね、サンタクロース?」
麻里亜は返事に詰まった。もちろん実在しないことはわかり切っているのだが、小さい男の子の夢を壊してしまいそうで、本当のことが言えなかった。男の子の声が続く。
「ね、いるんだよね?」
「あ、あたしはまだ何とも答えられないけど、ところで、きみは何年生?」
「ボク、三年生」
「七歳(ななつ)か、八歳(やっつ)ね。夢と現実の区別がまだむつかしいと思うから、きみが大きくなったら、いつの日か、わかると思うよ」
「わかるって、何を?」
「サンタクロースがいるのか、いないのか」
「サンタクロースはいるもん!」
そう叫ぶと、男の子は麻里亜のそばを離れて走り出した。懸命に走る男の子のうしろ姿を見送るばかりでしかない麻里亜は、複雑な心境だった。
「クリスマスを毛嫌いしているクセに、サンタの存在を教えてやれないなんて、どうかしてんじゃん、あたしは……」
そういう人間もいるもんだ、と麻里亜は自分を納得させることにした。
「おはよう、麻里亜!」
通学中の友人たちの声があったので、手を振りあげた麻里亜は合流しながら学校へ向かった。
その翌朝、息が白くなるほどの冷気の中で、麻里亜は学校へ向かっていた。すると、停留所に止まったバスの乗降口から吐き出される人びとの中に、小さな影が見えた。
「あ、あの子、昨日の」
麻里亜の視線に気がつかないまま、小さな影は歩き出した。そのあとへ、麻里亜もついて行った。
「おはよう」
その声が男の子を振り向かせた。
「あ、昨日のおねぇちゃん」
「ひとりでバスに乗ってるの?」
「うん」
「えらいなぁ」
「おねぇちゃん、あれを見て」
「え?」
男の子が指さす方向を見定めると、そこに赤い服を着た人がいた。朝の八時頃だが、クリスマスムードでにぎわう商店街の中にあって、サンタクロースの格好をした売り子だった。
「あの人、サンタクロースでしょ。ちゃんといるのに、友だちはいないってバカにするんだ」
「あ、あれは、ね」
麻里亜は答えを探しながら言った。
「あれは本物じゃないの」
「え、本物じゃないって、じゃ、ニセものなの。悪いやつなの?」
「そうじゃなくて、えーと、何て言えばいいかな」
「じゃあ、あっちにいるサンタクロースも?」
商店街のいろいろな店や通路には、オリジナルの格好のサンタクロースがたくさんいた。ほとんど若い娘で、コスプレ感覚のものだろう。
「そう言えばたくさんいるね。もちろん本物じゃないけど、ただ、サンタクロースの格好をまねているだけで、自分なりに楽しんでいるんでしょ」
「ふーん、おねぇちゃんは、いるの、いないの?」
「え、サンタクロースのこと?」
「うん」
麻里亜は一瞬迷っていたが、答えることにした。
「きみには悪いけど、やっぱりいないと思うんだ」
「じゃあ、お父さんとお母さんがウソついてたんだ」
「別にウソついていたわけじゃなくて、えーと、それはつまり、きみの家庭の問題だと思うの」
「ボクの家庭の問題?」
「うん、むつかしいかな」
「ふーん、よくわかんないけど」
ふたりが歩いていると、小学校の建物が見えた。その学校のほうを、麻里亜は指さしながら聞いた。
「きみの学校は、こっち?」
「うん。おねぇちゃんの学校はまだ遠いの?」
「うん。あ、あたしは阿部麻里亜。よろしく」
「ボク、神尾昇(かみおのぼる)」
「のぼるくん、ね」
「ばいばい」
手を振りあげた神尾昇は、小学校の校門へ走った。何人かの友だちと一緒になって楽しそうにおしゃべりしている昇の姿を見送っていた麻里亜は、自分の高校へ向かった。空から白いものが舞い散るのが見えた。
「今朝はよく冷えるな」
麻里亜は身震いしながら足を速めた。
その夜、神尾昇は夕食のとき、両親に聞いてみた。
「ねぇ、お母さん」
「ん?」
「サンタクロース、本当はいるの、いないの?」
それを聞いた母親は、一度父親と顔を見合わせた。父親も困惑したような表情だった。向かいの席にいる息子に顔を向ける。
「そんなことを聞くのは、昇はもう大きくなってしまったんだな」
「やっぱりいないの?」
昇がもう一度聞くと、横から母親が口を出す。
「ごめんね、昇。いつかは言うつもりだったけど、気づいてしまったのね」
「誰か友だちに言われたのかな」
父親が言うと、昇は黙ったままになっていた。
「そりゃ、ショックだろうが、夢があることは悪くないことだよ」
「うん……」
昇は何も聞こうとはせずに、食事を続けた。そんな息子の様子を見ながら、父親はまた言い続けた。
「それじゃ、クリスマスプレゼントは今年で終わろうか。それとも何か欲しいものがなければ、やめようか」
「……いらない」
つらそうに返事した昇の声音を聞いた両親は、またお互いの顔を見ながらため息をついた。食事を続ける三人がいる食堂のほかに、居間があって、その壁にある家具の上に写真立てがあった。
写真には、神尾昇とその両親が映っているのだが、その昇は現在の昇ではなく、幼い頃のようだった。そして、昇のそばには年上の女の子がいた。
「え、クリスマスの意味?」
その頃、麻里亜の家では、麻里亜が母親にクリスマスの意味を聞いているところだった。
「あんなにクリスマスを毛嫌いしていたのに、どういう風の吹きまわし?」
「でも、やっぱり疑問は疑問だから」
「クリスマスは聖誕祭、つまり降誕祭ね」
「降誕祭って、誰かの誕生日ってこと?」
「イエス・キリストさまのお誕生日だってことは知ってるわね?」
「そんな大昔の誕生日なんて、二千年も続いているわけ?」
「やっぱり偉大なる神さまのお誕生日だからでしょ」
「ふーん、それでお母さんが信仰してるのは、その神さまの母親ってわけ?」
「えぇ」
「それじゃ、サンタクロースって何なのよ」
「いろんなお祭りが混ぜ合わされたのね」
「ふーん」
納得したのか、しないのか、あいまいな返事をした麻里亜は言い続ける。
「ま、二千年も続いてるからいろんなことがあるのも不思議はないって、か」
「イエス・キリストさまが偉大なる神さまだから、世界中でお祝いされてるのね」
「そのイエス・キリストって、人間だったの、それとも神さまの身代わり?」
「さぁ、そこまでは……」
「よくわからないものを、何の疑いもなく信仰してるってわけ、お母さん?」
「えぇ、まぁ……」
「ごちそうさま」
ふたりは食事しながら話し合っていたのである。麻里亜は自分の皿を片づけて洗い始めた。まだ食事を終えてない母親は、皿洗いしている娘の背中を見ながら声をかけた。
「麻里亜」
「ん?」
背中で返事した麻里亜に、母親は思い切って言い出した。
「やっぱり、五年前のクリスマス、まだ許してないのね?」
皿を洗っていた手の動きが一瞬止まった。それだけに、心の動揺があった。まだ返事しない娘の様子が気になった母親は、娘の名を呼んだ。
「麻里亜?」
「そりゃ、忘れてないわよ。だから許せるはずもないもの!」
血を吐くように言った麻里亜は皿洗いを続けた。
「そぉ……」
そんな娘の背中を見ていた母親は、複雑な表情で食事を続けた。外は身も凍るような冷たい風が吹いていたが、ふたりの周囲には暖房の空気が流れているだけで、麻里亜が皿を洗っている水音だけがよそよそしかった。
「はぁ、今日も寒いなぁ」
翌朝、麻里亜は停留所でたたずんでいた。バスに乗るためではなく、バスから降りる客のひとりを待っていた。昨日と同じバスが、同じ時間にやって来たが、そのバスからは出て来なかった。
「今日はのぼるくん、ちがうバスに乗ったのかな。それとも遅刻?」
麻里亜はしばらく待とうと思った。そんな麻里亜の姿を見つけた同じ高校の友人たちが声をかけた。
「おはよう、麻里亜。何してるのぉ?」
「おはよう。何でもない。気にしないで先に行ってていいよ」
麻里亜の返事を聞いた友人たちは、手を振りあげながら去って行った。そんな麻里亜たちの様子を、遠くから見ている存在があった。
麻里亜がひとりになると、その存在は近づいた。それに気づいて、麻里亜は振り向いた。同じ学校の女子生徒だが、知らない顔だ。
「失礼だけど、もしかして、神尾昇くんを待ってるの?」
知らない人からそう指摘された麻里亜は、多少ドキマギした。
「べ、別にそういうわけでは……」
「隠さなくてもいいわよ。昨日、あなたたちが一緒に歩いているところを見たから、ね」
「あ、あなたは、のぼるくんのこと、知ってるの?」
「知ってる、というか、幼なじみの弟だから」
「え、幼なじみ?」
「あ、申し遅れました。わたし、長瀬久美子(ながせくみこ)です」
「あたしは、阿部麻里亜」
「へぇー、有名な歌、そのままね」
「アヴェ・マリアのこと、あたし、あんまり好きじゃない」
「あ、ごめん。ほら、次のバス、来たよ」
久美子が指さすと、次のバスが近づいて来るのが見えた。そのバスが止まると、乗降口が開き、乗客が降りて来た。その中に神尾昇の姿もあった。
「おはよう、のぼるくん」
「あ、まりあねぇちゃん」
ほほ笑んだ昇は、麻里亜の隣にいる久美子のほうへ視線を移した。少しびっくりしたようだが、すぐなつかしそうに声をかけた。
「久美子ねぇちゃん」
「しばらくね、昇くん。元気そうでよかった」
「うん」
久美子は自分の顔を、小さい昇に近づけた。
「もう、大丈夫、ね?」
念を押すような問いかただった。昇はしばらく黙っていたが、返事するようにうなずいた。
「うん……」
「そぉ、よかった。わたしもね、とても悲しかったから」
そう言った久美子の顔は笑っていた。三人は歩いていたが、やがて昇の小学校が見えた。
「それじゃ、ばいばい」
神尾昇が校門の中に消えると、ふたりは自分の高校へ向かうために歩き出した。その頃になって、麻里亜が思い切って声をかける。
「あの、長瀬さん」
「ん?」
「あの子、幼なじみの弟だとか言ってたけど、その幼なじみというのは?」
「もう、五年前になる、かな……」
「え?」
長瀬久美子は遠い目をしながら話し始めた。
神尾信子(のぶこ)、小学校六年生のときだった。クラス中でいちばんの嫌われ者で、いじめられっ子でもあった。その子が学校の屋上から飛び降りたのだ。暮れも押し迫ったクリスマスの日、しかも、翌年は待ちに待った小学校卒業だというのに……
『わたしは死にます。生きていたって、みんなのためにはならないから。わたし、そんなにひどい生きものでしたか?』
屋上に残された遺書の文章だった。
そのニュースは日本全国を悲しみのどん底に沈めた。ますますエスカレートするいじめと何もできない教育の弱体化が、世間の怒りを集めた。
神尾信子の弟、昇はまだわずか三歳になったばかりだった。大変なお姉さん子で、仲の好い姉弟(きょうだい)だった。
大好きなおねぇちゃんがクリスマスの日に、自らの意思で死を選んだ――
この耐えがたい真実を、わずか三歳しかない弟は、どのように受け止めたのだろうか。
「きっと、サンタクロースになったんだよ」
人が死んだらお星さまになるというおとぎ話を、昇は信じ切っていた。だから、姉の信子は年に一回サンタクロースになって、また帰って来るよ――
それ以来、昇は姉の信子がサンタクロースになって、また会える日をずっと楽しみにしていたのである。
「そうだったの……」
久美子の話を聞いた麻里亜は、悲しそうな顔をしていた。
「あたし、あの子の夢を壊してしまったのね。明日謝らなくちゃ」
「謝る必要なんかないわ」
「え?」
「謝る必要なんか、ないわよ」
その意味を、麻里亜は理解できそうになかった。
「むしろ、こっちからお礼を言いたいくらいだわ」
「え?」
「サンタクロースは必ずいるって信じていたあの子を、目覚めてくれたから」
「目覚める?」
「単なるおとぎ話だってこと」
「そう言えば、幼なじみだったっけ?」
「えぇ。だから、わたしも悲しかったの」
「同じ学校だったの?」
「あ、そうじゃなくて、幼稚園、小学校三年生までは一緒だったけど、お父さんの仕事関係で信子ちゃんたちのほうが、よその地域へ引っ越して行ったのね」
ふたりは同じ高校へ向かいながら話していた。
「それでもそんなに遠くはなかったから、ときどきは遊びに行ったり、こっちへ遊びに来てくれたり、もちろん昇くんも一緒だった」
「………」
「昔と変わらない明るい女の子だったのに、まさか、いじめられっ子だったなんて」
「そんな素振りはなかったの?」
「最初はそれほど深刻な問題でもなかったのよね。でも学年が上がるたびにだんだんエスカレートして、とうとうあんなことになってしまって」
「とっても悲しかったのね。昇くんにとって」
「悲しかった代わりに、信じることにしたの」
「え、信じるって、何を?」
「サンタクロースは必ずいるんだってこと」
「そんな……」
「信子ちゃんの告別式のとき、あの子は再会したわたしに、強くそう言ってたわ」
その話を聞いて、麻里亜は複雑な気分だった。悲しみを忘れるために、童話とかメルヘン、ファンタジーといった空想話が創られたのではないか……
「阿部さん」
「え?」
「今の昇くんはとても健康だけど、生まれたときは超未熟児で、あと何年生きられるか、とても危険な状態だったの」
それを聞いた麻里亜は大きく目を開いた。
「そんな状態が一年続いたけど、それ以後はまるでウソのようにすごくよい状態になったの」
「それって、まるで奇跡ね」
「そう思う?」
「うん」
「昇くんのお誕生日、いつだかわかる?」
「え、まさか?」
「十二月二十五日」
「クリスマスの日だから、奇跡が起こったのね。偶然にしてはでき過ぎね」
「そして、その昇くんが大好きなお姉さんが自殺した日も一緒」
それを聞くと、麻里亜の目が大きくなった。
「弟が生まれた日が、姉が死んだ日?」
「これも偶然にしては、でき過ぎでしょ」
「まさか、運命、とか?」
そう口にした麻里亜自身、震えていた。目に見えない何かの力が、我われ人間を支配しているような気がしたからだ。
話しながら歩いていたふたりは、やがて校門に近づいた。ほかの学生がいっぱいになった。
麻里亜は自分を恥じるようになった。神尾昇とその姉の信子について、長瀬久美子から聞いたとき、自分は甘ったれていると思い知らされた。
「大好きなお姉さんを亡くしたあの子は、悲しみを忘れるためにサンタクロースを信じることにして、自分を慰めていたんだ。それにひきかえ、あたしは何てみにくい!」
麻里亜は五年前の真実を母に聞いてやろうと決心した。
「え、五年前……?」
何と、うかつなことだろう。神尾昇の姉であった信子が飛び降りしたのは五年前と言うではないか。
「まさか、これも偶然……?」
何か目に見えない必然的な糸(意図)が無数に絡まっているようで、自分の立場が崩れてしまいそうな不安があった。
「ねぇ、お母さん。五年前、何があったのか、本当のことを教えてくれる?」
「え……?」
母とふたりで食事を終えて皿洗いを終わったばかりの阿部麻里亜は、ホッと一息ついているところの母に、思い切って声をかけたのである。娘の問いかけに、母は面食らうばかりだった。
「どうしたの、急に?」
食卓に向かい合って座っている母娘ふたりは、このときばかりは緊張に走った。麻里亜の真剣な表情を見ていながら、母親は話すべきか、迷っているようだった。しびれを切らした麻里亜はせきたてるように呼びかけた。
「お母さん?」
「そんな急に聞かれても、わたし、まだ話せる準備が……」
「あたし、もう高校生だから、何を聞いても驚かないつもりだよ。それとも、時間を改めたら、ちゃんと話すって、約束してくれる?」
その言葉を聞くと、母親の口からは何も出なかったが、しばらく経って、返事の声があった。
「……えぇ」
「じゃあ、今はひとつだけ聞いていい?」
「どんなこと?」
「その人は今、生きているのなら、どこで、どう暮らしてるの?」
「それは、わからないけど、会いたいのなら、何とか連絡はできると思う」
「別に会わなくてもいい」
つっけんどんに言った麻里亜は、椅子から立ちあがった。
「じゃあ、今度はいつでも話せる準備をしておいてね」
それだけ言うと、麻里亜の体が向きを変えて自分の部屋へ行った。その背中を、母親はただ見送るだけだった。