「さぁ、ブルー、始めよう」
「ふむ」
「清水一行(しみずいっこう)さんと言えば、経済小説とか企業小説のジャンルでしょ」
「ふむ」
「ミステリーとか推理小説とかじゃないのね」
「それらのジャンルとはまた別のものとも言えるし、また、そうだとも言えない」
「企業小説と言っても、やっぱ犯罪とか事件とかはあるの?」
「ほかの作品なら多少あることはあるんだが、この本にはそんな要素は一切ない。純粋な企業戦士のドラマだ」
「どうして、この本を読む気になったの」
「時代が時代だからな」
「え?」
「不景気と金融不安だな」
「それが、この本と関係あるの?」
「昭和三十年代での、証券と株式の取引を中心に取り扱った企業小説だな」
「何だか、あたしにはむつかしそうなテーマかも」
「高校生には複雑すぎて読めないかも知れんな。だからこそ、社会の勉強にもなるんじゃないか。あるいは歴史の意味においても、また古典の意味でも貴重な本のひとつだろう」
「不景気とか金融不安とか言うけど、あたしには何となくピンと来なくて」
「今年(二〇〇八)の九月十五日、アメリカの大手証券会社『リーマン・ブラザーズ』が経営破綻(はたん)したことは、聞いてるだろう」
「うん、ニュースとか新聞とか聞いたことはあるけど」
「金のない人でも簡単に借りられるサブプライムローンという住宅ローンに関する取引を手がけたのが、まずかったんだな。昨年からそのローンを返せなくなった人が急に増えてしまった理由で、金のやりくりができなくなってしまった」
「ふーん」
「アメリカの大きな会社が破綻したということは、世界中のあらゆる金融機関の経営も危なくなるってことだ」
「それで、この日本も危ないの?」
「日本の銀行や保険会社などがリーマン社に貸し出した金は合計約三千八百億円になり、その中の約千四百億円は返ってこない可能性があると言う」
「え、そんなに」
「株を買った人や金融機関に金を預けた人らは、不安になって、株を売ったり、預けた金を戻そうとする動きを始めたんだな」
「………」
「そのために、保険会社AIGが破綻寸前まで追い込まれてしまった。世界百三十の国や地域と約七千四百万件も保険契約を結んでいるから、つぶれてしまったら、世界はまさに大混乱だ」
「そんなことになったら、もうどうにもならなくなるわけ?」
「アメリカの政府は税金で金融機関を助ける法律も考えたんだが、税金を使うのはおかしいと批判されて、その法案は否決された。再度の話し合いで何とか成立したが、それでも世界の経済不安はおさまらない」
「………」
「日本やヨーロッパでは株価の急落を防ぐために、金の流通(ドルやユーロ、円など)をコントロールしたりなど、対策を取っているんだが、いずれにしろ、世界経済の不安と混乱がこの先どうなるのか、正念場だろう」
「………」
「会社が安定した経営を行うために自由に使える資本、つまり元手のことだが、今回の金融危機で大きな損をした金融機関は、資本を取り崩して穴埋めすることになる。が、国際ルールで資本の額に見合った貸出しかできないので、銀行が貸し渋れば企業や家計は経済活動に必要な金を使えなくなり、だから景気がますます悪くなるばかりだ」
「何だか、むつかしそうな世の中になってしまったものね」
「また、別の考えかたによると、だな」
「え……」
「金融危機、金融不安などと言うんだが、根本的な原因は家族制度にあるんじゃないか」
「か、家族制度?」
「覚えてるか、人間社会の変遷」
「あ、農業主義から産業主義のことね」
「農業主義時代での家族制度は大家族、つまり直系の三世代(前後)の家族が当たり前だった」
「それが、産業主義の時代になって、どう変わったの」
「核家族化になるとともに、個人の自由と安心、あるいは安全(安定)のために、一世代(個人単位、あるいは夫婦単位、または単親での親子単位)で資産形成をめざす投機志向が強くなっていった」
「………」
「個人の借金で消費や投資で景気を引っ張っていた資本主義が招いた結果が、今回の金融危機につながってしまったんだな」
「そうだったの」
「自殺が増えたり、親子間の殺人が起こったり、家族の概念が揺らげば教育が実を結ばなくなったりするのも、もともと、資本主義の社会が原因なのかも知れない」
「え、そうなの?」
「ほかの書籍によると、天然資源も金もない日本が急成長したのは、家庭が育(はぐく)んだ理性を社会が共有する文化の力だと結論を出している」
「ふーん、そうだったんだ」
「解決策と言うか、打開策としてG7(先進七か国財務相・中央銀行総裁会議)の合意による行動計画(資本注入など)が決まれば、金融危機、金融不安も何とかおさまるだろう」
「そうなればいいよね」
「アメリカ発の金融危機と言うのは、産業より金融を主体(中心)とした経済活動を続けた経済大国アメリカの、身から出た錆(さび)かも知れない」
「ちょっと、たとえがちがうんじゃない?」
「あ、いや、自ら墓穴を掘った、と言うべきかもな」
「そ、それで、あの、この本にも何か関係ありそうなことがあるのね」
「株や証券のことなど、あまり知らなかったから、勉強するために、改めて読み返しただけさ」
「え、じゃ、結局この本の内容とは関係なかったの?」
「あ、いや、こんな時代だからこそ、この『小説兜町(しま)』を読み返してみたかっただけさ」
「それがブルーなりの読書ってわけ?」
「リアルタイム(即時、同時)的に、時代や背景に合った、あるいは、似たようなテーマの本を読むのが、僕なりの読書スタイルだな」
「あたしの場合はやっぱ娯楽かもね」
「さ、そろそろお別れの時間がやって参りました」