まにいぬの犬小屋/第二十二幕
最終決戦シリーズ第二作

一角面伝

 古代の歴史に、知られざる民族の存在があった。現代の人間に似た姿だが、額(ひたい)に突き出た角(つの)があった。知能が高く、異能力を有していたが、太陽のもとで生活することができない、夜行生物だった。
 夜だけの狩猟と放浪、独特の文明と文化を持っていた彼らは、発声という機能で言語を発明し、意思の疎通やコミュニケーションの手段として、さらに発達していった。また、文字と記号という方法で、後世に何かを残す文化も次第に開発した。
 こうして何世代も続き、あらゆるものに名前をつける習慣が生じた彼らは、自分たちを<ユーメン>と名づけることにした。
 当時の天然界では最高最強の存在だと思っていた。自分たち以外の動物や生物は知能的に劣るものばかりだったし、また攻撃力や破壊力が自分たちより上回る動物が相手でも、武器や知恵を使えば敵(かな)わないことはなかった。また、自分たち以外の<人類>の存在を知らなかったので、自分たちこそ、この世界に君臨する王者としての風格にふさわしいと信じて疑わなかった。
 弱肉強食、そして、食物連鎖――
 あらゆる天然界の頂点に立つ存在として、彼らは捕食者であった。あらゆる動物は、彼らのエサ、あるいは<いけにえ>でもあった。食用としてのみではなく、骨や牙、歯、皮などに細工をして生活用具や道具として利用した。衣類や器具、刃物、武器などである。
 最強の捕食者であったが、所詮、夜の帝王でしかなかった。太陽の紫外線を浴びるとひどい火傷(やけど)を負ってしまうという体質のために、夜の間でしか活動できない。日中の間は、ほとんど洞穴や地下にいることが多い。だから、情報が乏しいのだ。自分たちの存在を脅かす<恐怖の存在>があることを、彼らは気づかなかった。いや、今まで地理的な理由で出逢うことがなかった。
 放浪を続けながら、どんなに大きい動物でも、いかに凶暴な動物でも決して怯まなかった彼らは、だが、そこに自分たちの想像をはるかに超えた存在があった。今まで出逢った大きい動物でも二〜五メートルくらいだったのに、その存在は十メートルを優に超えていた。まさに<怪物>と言ってもよかった。
 現代で言えば<恐竜>の類(たぐい)だ。
 いかに異能力や知恵を持ってしても、いかに攻撃力を誇る武器を持ってしても、怪物たちのエサになるばかりしかなかった。
 上には上がいることを思い知らされた彼らは、自分たち民族の全滅を恐れた。逃げて生き延びる者たちと、敢えて闘って生き延びようとする者たちが、ふたつに分裂した。
 最強の捕食者としてのプライドが、闘う者たちを奮い立たせた。それが戦士の集団の始まりだった。それでも、怪物の群衆を倒すほどの術(すべ)、いや、匹敵するほどまでの術はなかった。このままでは、ただ滅びるしかない。
 恐ろしいほどまでの凶暴性と破壊力、それが怪物のすべてだった。知能は高いとは言えないが、巨大な体躯と鋭利な爪と牙が、怪物の最大の武器でもあった。眼にしたもの、耳にしたものを何でもかんでも襲いかかる怪物の俊敏性が、ユーメン族の戦士たちを翻弄(ほんろう)させるばかりだった。
 怪物の群衆から何とか逃れたユーメン族たちは、安らぎの場を求めた。自分たちのにおい(体臭=存在)が怪物たちの嗅覚を刺激しない限り、安心(安定)を得るために、どこまでも逃げ続けた。
 夜しか活動できないので、危険と死との隣合わせだった。昼の間、暗い洞穴の中にいるしかない。照明や暖を取るために炎を使うことはできるのだが、怪物たちの目印になりやすい。日光の降り注ぐ外へ逃げることもできないので、限られた狭い場所で闘うことになる。
 何かいい方法はないものか――
 あれこれ苦悩するユーメンだったが、やがて、ひとつの時期が巡って来た。千年の眠りに就く時期である。
 あらゆる生命体の最高の存在であるユーメンは寿命による<死>というものがない。また、紫外線を浴びると火傷してしまう体質のせいか、体内には病原体さえ含まれてなかった。天然の脅威によって滅びるか、あるいは敵のエサになるか、だけである。
 夜しか活動できない夜行生物だが、だからと言って日中は地下で寝ているわけではなかった。休むことはあっても睡眠することはない。疲れた体を回復させるために、エネルギーを温存させるために、ただ行動を停止しているだけだった。
 彼ら、ユーメンの行動にはふたつの周期があった。眠りの時期と活動の時期である。それぞれの単位は千年だ。千年生き、千年眠る周期がユーメンの生活基盤だった。
 千年も地下深く眠りに就く間、周囲のものと隔たっているはずのユーメンの体が、少しずつ周囲のものと同化するようになる。体内の細胞に変化(融合と分裂、増殖など)が表れ、体外の物質と融合したり、分離したりする。ある者は石や岩になり、ある者は木や草、花になり、またある者は風や水になったり、など、ほとんど原形を留(とど)める者はなかった。果ては完全に消えてなくなる者もあった。

 そして、次の眠りから目覚める時期――
 ユーメンの意識を保っている天然界の一部は、罠を仕掛けてほかの生命体(動物や魚介類、鳥類、昆虫など)のエネルギーを吸収して、復活した。いや、それは元の人間のような姿ではなかった。エネルギーを吸収する元の生命体と合体するような変化だ。別の言いかたで言えば、生きとし生けるものの体内に寄生する、と言ってもよかった。あるいは怪奇的に言えば、憑依(ひょうい)と言っても過言ではなかろう。
 知能と意識を持った、生命体の誕生だった。しかも意思と言葉を持ち、独特の文化、文明さえも起こった。出産を繰り返すうちに、額(ひたい)に一本の角(つの)が生えるようになった。先祖返りだった。
 そして、また次の眠りに就く時期が巡って来た。ユーメンの意識を持ったまま、千年も生きてきた動物たちは<死>を迎えることになる。それはあっという間の全滅だった。

 こうして、千年の活動と千年の眠りを繰り返す中、人類の誕生があった。その時代、ユーメンの存在はおろか、かすかに残っていると思われる意識の存在も完全に消えたようになった。彼らの残したはずの文化や文明の跡も、千年もの間、自然の流れに逆らえず、完全に消えたかと思われた。
 しかし、進化の過程の人類が発見した化石と、荒廃地帯の土中から掘り出した奇妙な仮面によって、眼に見える空間(世界観)とは異なる空間(多次元的世界)が出現することになる。それは<意識と記憶>による闇の空間だった。俗に言う霊界とか異次元空間とかの類(たぐい)である。
 化石と仮面、それは生ける細胞を持った鉱物と、意思を持った知的植物だった。かつてのユーメンの意識と記憶を保ったまま、融合と分裂と増殖などを繰り返しながら千年以上眠り続けた結果だった。まるで人の顔(人面)が浮かび上がるように見える鉱物と植物、それが一角面、あるいは<幽面>の原形だった。
 人類の進化段階にあるひとつの民族は、その仮面を服飾品として、あるいは祭典(祭祀)用品として、また信仰の対象として使用していた。それから間もなく、その民族は全滅するようになった。まるで巨大な怪物が暴れまわったかのように、民族誰もが無惨な殺されかたをしている。何者による仕業か、現代の科学を持ってしても解明することはできない。

 時は紀元前――
 人類進化のある中、農耕という技術を発明したおかげで、獲物を捜し求める狩猟民族の放浪生活と見切りをつけて、定住するようになった。次第に自然との共存の意味で、天然界のあらゆるものを信仰の対象に、<神>として崇めた。それとは反対に、恐れるものの具現化として<魔>の存在を信じるようになり、<いけにえ>の風習が始まった。それが、<悪魔>と<死神>の起りであった。
 その頃の人民の考えでは、<死>は<魔>のひとつで、死神が導く仕業と信じられていた。生まれてから死ぬまでの人生、いや、<運命>というものは、死神の手にあると疑わなかった。
 それを逃れるためには、いけにえ(人身御供=ひとみごくう)が必要だった。自分の身代わりに誰かを犠牲にするのだ。殺し合いの勝負で倒した相手を死神に捧げる、暗黙のルールが急速に広まった。それが、<死神の運命>と呼ばれる戦闘の起源だった。
 だから、強くなるために、また相手に勝つために、鍛錬に次ぐ鍛錬を怠らない者もいれば、呪術によって自らの精神を鍛える者もいた。あるいは、強靭な肉体を得るために<魔>との契約をする者も、あとを絶たなかった。それが<悪魔の契約>の始まりだった。
 だんだんエスカレートして、人間対人間の闘いだけでなく、悪魔の契約で雇った怪物(モンスター)同士の闘い、また、そのモンスターと合体した戦士同士の闘いなど、組み合わせが多様化していき、観戦的スポーツとしても、商業的スポーツとしても、熱を浴びていた。
 モンスターとは闇の空間(異次元空間)でしか生きられない妖怪、悪霊、霊獣などの類(たぐい)で、<妖霊獣>とも呼ばれた。悪魔の契約によって妖霊獣と合体した人間は、<妖霊獣人間>、あるいは<妖霊獣戦士>と呼ばれた。

 それとは別の存在――
 悪魔と契約が完了したときに提供される仮面(マスク)には、人間であることを捨てるために、額(ひたい)に一本の角(つの)が突き出ていた。のちに<幽面>とも呼ばれる一角面であった。人間であることを捨てる、それは<死>を意味している。だからこそ、死神にとっても絶好のエサ(好餌)だったのだ。
 一角面をつけて自ら死を選んだ場合、<妖怪獣人間>、あるいは<妖怪獣戦士>の誕生になった。
 精神力の強さで、自らの意思で動く者もあれば、契約した妖霊獣の意識、あるいは仮面に宿った意識によって動かされる者もあった。それは自分の意識、無意識に関した脳の領域でのことで、もうひとつの世界、あるいは闇の世界(異世界=異次元空間)とも呼ばれた。
 世はまさしく混乱していた。何のために闘うのか――
 自分の強さと世界を君臨するため、征服と破壊を繰り返した。血で血を洗う闘いばかりが広がり、子孫繁栄のために力の弱い女は<子供を産む道具>と化した。そこには愛と正義と、平穏(平和)というものがなかった。

 そんな時代に、平和を保っていたひとつの小さな国があった。王(君主)制国家で農業や放牧、生産を尊び、信仰厚き人民は愛と自由と平穏を謳歌していた。美しきものを愛でる芸術、美術、文化も法によって大事にされ、病気や災害、危機、脅威なども法による保護で守られた。
 王女の名はビュー・ルナと呼ばれ、大変機知に富んだ、美しい娘だった。文武に秀でて、人望も厚かったが、その一方で、自分が正しいと思ったことに対しては頑固だった。齢(よわい)十四歳だった。
 父王はかつて戦士だったが、闘うことの無意味を知るようになって武器を捨てるとともに、農業と芸術と信仰を中心とする平和的国家を営むようになった。以来、半世紀になった。
 そんな国を、妖霊獣人間たちが狙い始めたのだ。
 平和に慣れ親しんだかつての戦士たちは、闘う方法をすっかり忘れてしまった。想像を超えた敵、妖霊獣人間のエサになるばかりだった。
 もはや全滅になろうとするとき、父王は娘のビュー・ルナを安全な場所へ逃がしてやることに決めた。辛うじて闘い続ける戦士のひとり、ヴァー・レオと一緒に、ビュー・ルナは父王の呪文によって、どこだかわからない空間へ飛ばされた。
 いや、ビュー・ルナの感覚では、飛ばされたような気がしたのだが、それは錯覚で、実は父王によって仮面を被らされたのだ。仮面とはいうまでもなく一角面<幽面>だ。強い意識と自覚、正気を保っていられる木製の幽面だった。
 そのころの幽面には原料によってふたつに分類されていた。石製と木製である。石でできた幽面(鉱物性)は、仮面に宿っている妖霊獣の意識によって支配される。それとは逆に、木でできた幽面(植物性)は、妖霊獣に支配されることなく、精神力の強さによって妖霊獣を操ることもできる。
 石(いし)とは<意思>、木(き)とは<気>のことで、石と木を合わせると<意識>(いしき)になる。ふたつの幽面にはそういう秘密があった。

 ビュー・ルナは一緒に飛ばされたヴァー・レオとともに、闇の空間(異次元空間)を彷徨い続けることになった。時間という概念のない空間の中とはちがって、人間の世界では何世紀も過ぎていた。
 さまざまな妖霊獣を倒しながら旅を続けるヴァー・レオは、妖霊獣と合体した馬<ユニコーン>(一角獣)を味方につけ、姫であるビュー・ルナを乗せるようになって以来も、何世紀かは過ぎた。闘いの過程で得た<斬妖剣>に関する情報を求めるため、大和(やまと)の方面に向かうことになった。
 こうして、落ち武者の亡霊、松平嘉門之丞(まつたいらかもんのじょう)に出逢い、そして今は地蔵の姿をしているかつての父王との再会を果たしたビュー・ルナであった。
つづく

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