DREAM&HOPE【http://www.drhp.org/】
まにいぬの犬小屋/第十一幕
Merry Christmasスペシャル
折鶴の贈りもの
「寒くなりましたね。クリちゅティーヌさん」
「ふん。ホントにね。人形時代だったら寒さも暑さも何も感じなかったのにさ」
「そうでちゅね」
「ところでさ、あゆ子。久しぶりじゃん。ワタシらが登場するの」
「あ、そうでちゅね」
「まにいぬばっかり目立つじゃないの」
「それは主人公でちゅから」
「ふん。もっとワタシらの出番を増やすように、作者にデモしようかしらん」
「でも、って何でちゅか」
「デモンストレーション。同じ意見や意思を持つ人びとが仲間と集合して行進することよ」
「はぁ。あの戦争反対とかちゅローガンを書いたプラカードをかかげながら集団で行進ちゅる、あれでちゅね」
「まぁ、そうだけど、でもワタシらふたりだけじゃ弱いわね」
「そうでちゅか」
フランス人形のクリスティーヌと、ラブドールのあゆ子は散策していました。中学生の女の子と等身大のあゆ子が、フランス人形を抱いているという姿勢です。ちょっと断っておきますが、あゆ子の発音に問題があって『す』が『ちゅ』となっていますので、そのつもりで――
時は真夜中。場所はガラクタ捨て場――
ふたりは、いえ二体はあてもなくただ歩きまわっていました。
ある日、突然有機物としての意識と自覚を目覚めて以来、ロボット犬のまにいぬや日本人形のお菊との出逢いを経て、様ざまな出逢いがありました。
草木も寝静まる夜中、無機物たちは意識を目覚め、自分の存在理由と目的を探すために歩きまわったり、いろんな出会いで話を聞いたり遊んだり、仕事したり……
自然物でも生命体でもない<彼ら>は、闇の魔力でしか目覚められないのでしょうか。自然の法理に背いた<存在>として――
ふと、クリスティーヌとあゆ子は奇妙な光を見つけました。闇の中で弱よわしく光っているのですが、その方角へあゆ子とクリスティーヌは歩いてみました。ボンヤリとわからなかった輪郭がだんだんハッキリしてきます。
それは、折鶴でした。かなり古く汚れていて、所どころ破けていたのに、生命力が増すように、だんだんきれいになろうとしています。
やがて、折鶴の形が変形し、少しずつ人間の形になろうとしています。それは美しい女性の裸体でした。自分の体と触覚を確かめるように、両手で丁寧に顔や胸、腕、腰、脚へとなでまわしています。
「これで、わたしは人間になった。あの子を救ってあげることができるわ」
ひとつの目的を達成できた喜びに似た呟きでした。クリスティーヌとあゆ子の存在に気づかないまま、その女性はどこかへ行ってしまいました。
(1)
中田新平は中学三年生です。来年の高校入試に向けて、猛勉強しています。家族は自営業の父親とふたり暮らしで、学費にゆとりがないので、私立より公立を受けるのですが、競争率が厳しく、合格も難しいかも知れません。あまり成績のよくない新平にとって、苦汁の時代です。小学校高学年から始めた新聞配達のアルバイトを休止して、朝から晩まで教科書から目を放しません。
「行って来ます」
「おぉ。行ってらっしゃい」
木枯らし吹く朝、新平を見送った父親は、ため息をつきました。
商事会社に就職して金を貯め、恋愛結婚とともに脱サラして、長年の夢だった喫茶店を開店しました。常連客も増え、評判も悪くありませんでした。ところが、美人マスターとして人気者だった新平の母親が病気で亡くなってしまいました。今から五年前、新平が九か十歳の時でした。以来、父親は男手ひとつで子育てとともに喫茶店経営にがんばってきました。
しかし、最近疲れを感じるようになっています。ひとりで何でもすべて切り盛りしたためでしょう。家政婦やウェートレスなどを雇わないのは、金銭の余裕と管理能力がないからでした。だから、父親は貼り紙をしたのです。
『無償ボランティアでウェートレス求む!
時間問わず。喫茶店友愛-YOU・I-』
これを店の内外に貼ってから、一週間経とうとしています。
「ふむ。ただ働きのウェートレスなんて、やっぱりムリか……」
貼り紙をにらみながら、父親はまたため息をつきました。そんな父親に声をかける存在がありました。
「あのぉ……」
「ハッ?」
振り向いた父親はビックリしました。
(2)
放課後――
新平は帰り支度をして、教室を出ようとします。
「あ、中田くん!」
誰かの声がして、新平の足が止まりました。新平の胸中がドキッと騒ぎ出しました。それは真山裕子でした。
「今日はわたしたちの列が掃除当番だよ」
「あ、そう」
ホッとして席にもどってカバンを一時置いたあと、清掃用具箱からモップを取り出します。新平、裕子を含む席の列のグループがそれぞれの持ち場で清掃しています。
新平のモップが教室の床を往復しているうちに、窓ガラスを拭いていた裕子の足にぶつかりそうになりました。
「あ、ごめん」
「あ、ううん。平気」
裕子は笑顔で首を横に振ったあと、窓を拭いていた手を休めて、話しかけます。
「ね、中田くんも希望の丘高校を受けるんでしょ」
「……も、って、じゃあ」
「うん。わたしも同じ高校受けるんだよ。がんばって一緒に合格しようね」
「う、うん」
新平の胸中にたちまち喜びがいっぱいになりました。話しているうちに気づいたのですが、裕子の髪の毛からいい香りが漂っています。シャンプーの香りです。これが女の子のニオイなんだ、と新平は新発見したように思いました。
実を言うと、新平は真山裕子をひそかに憧れていたのです。だんだん恋心に発展してしまうんじゃないかと思い悩み、それを忘れるために、ひたすら勉強にはげんでいました。元来、話ベタで無口、内気な性格もあって友人もほとんどなく、常にひとりぼっちでした。何の夢も将来の目標もなかった新平が、はじめて希望を持ち、目標ができたのです。裕子と一緒に同じ高校へ行きたい――
そんな思いと嬉しさで、新平のモップが弾んでいました。
(3)
自分の家に近づくと、新平は自分の目をうたがいました。なぜって、喫茶店『友愛-YOU・I-』に行列ができているからです。店内は満席、出入口には人の列が歩道に並ぶように続いています。
「こりゃいったいどうしたことだ。父さんの店にこんなに人気が出たなんて」
新平は裏口から家の中へ入ると、そっと店内の様子をうかがいます。すると、見たこともない若い女性が、ウェートレスとして立ちまわっているのが、見えました。とてもきれいなお姉さんという感じの女性です。それだけなら何もふしぎはないのですが、その女性の存在が店の人気の理由でしょうか。見るとお客はどれもこれも若い男性ばかりです。
マスターである父親は、注文に応じるために珈琲を沸かしたり、コーヒー豆を挽いたり、カップに注いだり、と忙しそうです。ウェートレスの女性は客の注文聞きや飲みものや食べものの運搬、手が空くとカップや食器を洗ったり片づけたりしています。
そんな様子を見て、新平は手伝ってやろうかと思い悩んでいます。
「お、新平。帰ってたのか」
「ただいま。手伝ってやるよ」
新平は食器洗いを始めようと、女性の隣へ行きました。女性は会釈します。
「すみません」
「あ、いや、いいです」
「わたし、羽沢美鶴と申します。はじめまして」
「あ、どうも。中田新平です」
皿を洗いながら、新平の胸中はドキドキしていました。年上のきれいな女性と話すのははじめてで、クラスメートの女の子たちとはちがう大人の魅力が充分でした。ふと、鼻をくすぐるような香水のニオイが漂っているのを感じました。
かあさん――
新平は美鶴の横顔に、五年前に亡くなった母の面影を見たような錯覚をおぼえました。優しくてきれいだった母のことを忘れられない新平にとって、美鶴の存在はある意味では安らぎに似た気持ちになるのでした。その気持ちと面影が新平から離れられなくなり、新平を悩ませています。
夜、勉強に向かう姿勢でもあまり調子が出なく、うわの空です。
「………」
勉強に身が入らなく、頭の中は美鶴の幻影が浮かぶばかりです。いくら追い払おうと頭を振っても出てくるので、新平は勉強を中断することにして寝ることにしました。
美鶴は喫茶店営業時間いっぱい働く契約です。つまり朝の十時から夜の九時まで、店で働くことになります。どこに住んでいるのか聞いてなかったけど、そんなことは父さんに聞くか、本人に聞いてみればわかるでしょう。
そんなことを考えながら、新平はいつしかウトウトしていました。
(4)
真山裕子は受験勉強に精を出す一方で、一生懸命やっていることがありました。それは慰問のための千羽鶴を折ることです。小学校時代に興味をもったボランティア活動のひとつ、病院慰問の千羽鶴を毎日一羽ずつ折ることが日課となっていました。
――あの子を元気にしてあげなきゃ……
裕子が毎日欠かさずやること。それは食事と就寝、そして折鶴でした。千羽たまるとボランティア団体を通じて手紙とともに病院の患者たちに手渡します。そんな活動の中で知り合ったひとりの女の子、利加ちゃん――
とても重い心臓病で、手術と治療を繰り返しながら、何とか生命を保っています。生まれてから六年、病院から外へ出たことはありません。知っている世界と言えば、病院と窓の外だけです。
春に満開する桜の花、夏に照りつける暑い陽射し、秋に色づきながら舞い散る枯れ葉、冬に降り積もる雪景色……
そんな世界も含めて、絵本と童話の世界も、利加の世界でした。夢と空想、嘘と真実がまだ理解できない年頃なので、まわりの人たちは利加のお話に相づちを打つふりをしなければなりませんでした。
「ねぇ。サンタさんは、りかのおねがいをきいてくれるの?」
ある日、利加は見舞いに来てくれた裕子に、そんなことをたずねました。裕子はちょっと考えてからうなずきます。
「うん。もちろん。利加ちゃんがいい子でいたら、サンタさんは何でも聞いてくれるよ」
「ホント?」
「うん。利加ちゃんは何をお願いしたいのかな」
「え〜と、ね。りか、ね、おそらをとびたいの」
「え……」
一瞬、裕子の顔がひきつりました。
空を飛びたい――
もちろんムリな話に決まっています。飛行機に乗るのならいいのですが、それも利加の心臓は耐えることはできません。
答えをせがむ利加に、裕子は仕方なしに答えました。
「うん。きっとサンタさんは聞いてくれるよ」
どうして、そんな嘘をついてしまったのか。裕子はそんな自分を責めるばかりで嘘をついた責任からせっせと折鶴を折るしかほかに術()はありません。
そんな裕子を陰から見守っている存在がありました。それは羽沢美鶴でした。
――裕子さん。あなたの優しさとがんばりがプラスエネルギーとなって、わたしに<生命と意識>を目覚めさせるという奇跡を起こしたのです。きっと利加ちゃんの夢を叶えてあげましょう。
(5)
「な、何ですって?!」
折鶴のふしぎな光景を目撃して以来、陰から様子を見守っていたクリスティーヌが驚いた声をあげました。隣のあゆ子も同じ気持ちです。
「今、生命と意識って言わなかった?」
「たしかに、そう聞こえましたでちゅ」
「まさか、あの折鶴の女、ワタシらと同じ穴のむじなだとでも言うの」
「あたしたち、と言うよりは、まにいぬさんに近い例かも知れません」
「どういう意味よ」
「あたしたちは決してこの次元の世界から出られません。でも、まにいぬさんは現実の世界でも活躍していまちゅ」
「なんでワタシらは現実の世界に出られないのよ」
「それは多分、備わった意識と自覚の束縛のせいかも知れません」
あゆ子の説明に、クリスティーヌは納得したのか、しなかったのか、渋面になりました。
「とにかく、あの折鶴さん、何をちゅるつもりなのか、わかりませんけど、あたしたちは見守ってあげるべきだと思いまちゅ。必要ならあたしたちの力も貸してあげてもいいんじゃないか、と……」
(6)
「こんにちわぁ♪」
裕子がいつものように、利加の病室を訪ねました。けれども、利加は振り向きもせず、ベッドの上でただ窓の外を眺めています。
「……利加ちゃん?」
おずおず呼びかける裕子は、利加の視線の先をたどって、ハッとしました。窓のすぐそばに、大きな古い木が立っています。秋には紅葉いっぱいになって、患者の目を楽しませていた葉っぱたちは、今では落葉になって散りぢりになり、もう一葉しか残っていません。
「あのはっぱ、おちたら、りかもお星さまになっちゃうかな」
「利加ちゃん!」
裕子は思わず、利加を抱きしめました。
「ダメだよ。そんなことを考えては……利加ちゃんはきっと元気になれるよ」
一生懸命はげまそうとする裕子の心は震え、瞳はぬれていました。
医師の話によると、この日本での手術は難しく、成功率は五十パーセント、たとえ成功したとしても長く生きられないだろう、と言うことでした。技術も設備も充分整っている東欧の国へ行くことも考えられましたが、飛行機で心臓の負担が大きく、とても危険です。それに莫大な費用も必要なので、利加の家族はそんな大金を準備できる余裕もなかったのです。
そんな話を聞いて、裕子は資金カンパを呼びかけようと、所属しているボランティアサークルの仲間とともに、街頭募金活動を始めました。もう受験勉強するところではありません。
「高校なんか落ちたっていい。利加ちゃんが元気になれるのなら、わたし、何でもするわ」
そのことが原因で、両親と大ゲンカしてしまいました。
「必死で勉強して高校に入ることよりも、もっと大切なことってあるはずだよ!」
強い意志で裕子は両親を説得しました。結局、どちらも折れそうにもなく、親子の仲はだんだん気まずくなるばかりです。
ボランティア活動に精出してばかりなので、中間試験や模試などの結果は、前回より成績が落ち、学年順位もさがってしまいました。
そのことを心配した中田新平は、はげましの言葉をかけてやろうか、どうか、迷っていました。
(7)
「お願いします!」
北風の吹く寒い日曜日、裕子はサークルの仲間とともに街頭募金活動をしています。何度声を張りあげ、何度頭をさげたでしょう。恥かしくて、寒くて、身も心も震えています。それでもお金はなかなか集まりません。
――こんなことなら、暖かい家の中で勉強してる方がマシだわ。
一瞬そんなことを考えた裕子は、それを振り払うように頭を強く振りました。また声を張りあげます。
「病気の女の子を治すために、お金が必要なんです。どうか、お願いします!」
裕子は仲間の声に負けまいと声を張りあげ続けています。
「ハイ、デス」
ふいに裕子の前に現れた高校生くらいの少年が、五百円玉を裕子の募金箱へ入れてくれました。
「ありがとうございました!」
裕子が頭をさげていると、またほかの手がありました。見ると、これも高校生くらいの女の子です。その女の子も五百円玉を募金箱へ入れてくれました。
「ありがとうございます!」
裕子はまたお礼を言って頭をさげました。女の子はニッコリ笑って片手を振り、さっきの少年の背中を押しながら歩き出します。
「テッチャン。行こう」
「ハイ、デス。カァチャン」
(テッチャン、カァチャン友情出演)
そのふたり連れを見送った裕子は丁寧に頭をさげています。
ふと気づくと、目の前には若い女性が立っていました。右手には一万円札を握っています。それを惜しげもなく、ポンと募金箱へ入れたのです。ポカンとしていた裕子は気を取りなおして、お礼を言います。
「あ、ありがとうございました!」
女性はニッコリ笑いながら歩き出しました。その女性こそ、羽沢美鶴でした。
そんなこともあって、募金活動をがんばった結果、集まったお金は約二十万円でした。でも、利加の手術費用ではとても足りません。また飛行機代のことも……
裕子は悩みました。このまま何もできずにクリスマスを迎え、そして新年とともに死を待つだけの生活なんて、幼い利加には残酷すぎます。ふつうの女の子のように、元気いっぱい走りまわったり、うるさいほどおしゃべりしたり、たくさんおいしいものを食べたり、幸福でたまらないことを体で表現できるような、あたりまえな女の子のように元気になって欲しい……
あたりまえな女の子?
裕子はハッとして考えました。あたりまえって、標準って、何だろう。何を基準にしているのだろう。平均的なものでないと、あたりまえじゃないと言うのでしょうか。あたりまえって、標準って、そんなこと、どうでもいいじゃないか。利加は利加。それが利加なりの<個性>なのだから。
みんな、ちがって、みんな、いい。
有名な詩を、裕子は思い出しました。
――そうだ。わたしは利加ちゃんのお姉ちゃんになってあげよう。たとえ、利加ちゃんが亡くなったとしても、ずっと利加ちゃんのことを忘れないであげよう……
(8)
「うぅぅぅ〜」
「ク、クリちゅティーヌさん?」
裕子の心を覗いたクリスティーヌが涙を流していました。それをあゆ子はふしぎそうに見つめています。
「どうしたんでちゅか。なぜ泣いてるんでちゅか」
「ミ、ミカちゃん……」
あゆ子の方を振り向かないまま、クリスティーヌはつぶやきました。その名を聞いて、あゆ子はハッとしました。クリスティーヌの遊び相手(主人)であったミカはあゆ子のパパ(主人)に殺されて亡くなったことを……
詳しいことは省いておきますが、ミカを思うクリスティーヌの心と、利加を思う裕子の心に共通するものがあったのかも知れません。境遇がちがうのですが、クリスティーヌは裕子と利加を何とかしてあげたいと願わずには、いられませんでした。
「あゆ子」
「何でちゅか」
「サンタクロースには会ったことある?」
「いいえ。ありませんけど」
「ワタシたちが探して、お願いしたらどうだろう」
「お願いって、どんなことでちゅか」
「決まってんでしょ。あの裕子と利加のことよ」
「利加さんの病気を治すことでちゅか」
「そうに決まってんじゃんか」
「それは折鶴さんも同じことでちゅから、あたしたちが出るまでもないと思いまちゅ」
「折鶴?」
「羽沢美鶴さんでちゅ。あの人もきっと裕子さんと同じように、いいえ、それ以上に利加さんの病気を治ちゅように、心を砕いていまちゅ」
「………」
「きっとサンタさんもどこかでごらんになっていると思いまちゅよ」
(9)
冬休みが来て、クリスマスの日が近づいて来ました。その日まで千羽鶴を完成せねば、と裕子はあせっています。利加へのクリスマスプレゼント、それは利加の病気が治るように祈りながら折って束ねた千羽鶴以外には、何も考えられません。
品物があふれる今の世の中だからこそ、<真心>だけが本当の贈りものだと、裕子は毎日せっせと折鶴をつくっています。色とりどりの折紙がたちまち鶴に変身していきます。
百羽……二百羽……五百羽……
七百、八百、そして九百羽まで完成しました。
そして、とうとうクリスマスイブの日がやって来ました。それなのに、裕子は毎日のムリがたたって風邪をひいてしまいました。それでも重い体にムチ打って、折鶴にはげもうとします。が、両手が思うように動いてくれません。熱が高く、のども痛く、咳がひどく出ます。
――あの子の病気に較べれば、こんな風邪くらい……
まだ、あと百羽も残っているのに、裕子の両手はスムーズに動いてくれません。指やひじの関節がひどく痛み、頭もフラフラ、今にも意識を失いそうです。そんな状態に、裕子はだんだんイライラするようになりました。ついに作業を投げ出してしまいます。
「何よ。こんなもの。こんなことして、あの子が治るとでも言うの?!」
裕子はベッドへ潜り込んでしまいました。頭痛と睡魔に襲われて、いつしか深い眠りにつきました。
それから何時間経ったのでしょうか。ふと、裕子を呼ぶ声が聞こえたような気がしたので、目が覚めました。目の上にある顔を見て、裕子はびっくりしました。
「な、中田くん?」
「気分はどう」
「あ、うん……」
裕子は口ごもっています。なぜ中田新平がここに来ているのか。それをたずねることさえ、おっくうになっています。
「実は僕も折ったよ。折鶴」
新平が裕子の目の前に見せたのは折鶴でした。数えてみると、ちょうど十羽です。
「もっとも真山さんのようには上手に折れてないけどね」
「ううん。とっても上手だわ。ありがとう。中田くん」
裕子は笑おうとしましたが、咳が出ました。
「あ。ムリに話さなくてもいいよ」
それでも裕子は疑問に思ったことを言い出します。
「ところで中田くん。どうしてここがわかったの」
「あ、それは……」
今度は新平の方が口ごもってしまいました。裕子が言い続けます。
「今、大事な時でしょう。わたしなんかのために高校に落ちたら笑い種だわ」
「いや……真山さんのがんばっている姿を見て、僕も勉強より大切なものがあるってこと、わかったんだ」
「え?」
「進路のことより、将来のことより、どんな小さなことでも今を精いっぱいがんばることが、すごく輝いているように見えたんだ」
「か、輝いているって、わたしが?」
「うん」
「そんな……」
裕子は否定しようとしましたが、言葉が浮かびません。
「それじゃ、僕は帰るよ。お大事に」
「あ、中田くん!」
そう呼んだとたん、裕子の目が覚めました。
「え?!」
裕子は納得できない表情で、部屋を見まわしました。
「夢だったの、今?」
ふしぎな感覚の視界に、あるものが飛び込んできました。それは十羽の折鶴でした。
「中田くん。来てたんだ。でも……」
夢と現実の境がわからなくなって、裕子の頭は混乱になりそうです。すると、どうでしょう。裕子はふしぎな現象を発見したのです。十羽の折鶴が動き始めるのを……
それぞれ、ちがう方向を目指して飛びあがろうとし、宙に浮かぶと、自由に空間を泳ぐように飛びまわっているではありませんか。まるで折鶴たちに生命が吹き込んだかのようです。
信じられない表情で折鶴たちの様子を見ていた裕子の目が、さらに驚きのために大きくなりました。
「え?!」
なんと、十羽の折鶴たちがそれぞれ分身したのです。十羽が二十羽に増えたかと思うと、今度は二十羽それぞれが分身したのですから、四十羽です。かと思ったら、また四十羽それぞれが分身したから、今度は八十羽になりました。その八十羽の折鶴たちは、裕子の折って束ねた九百羽の折鶴の群れの中へ入りました。これで千羽まで残すところ、あと二十羽です。
それらの様子を脇目も振らずに見つめていた裕子の視界が突然暗くなりました。
「え?!」
次の瞬間、裕子は飛び起きました。
「……また、夢?」
夢から覚めたらまだ夢の中だったなんて、そんな繰り返しの夢現象は、テレビドラマか小説、マンガで読んだことがあるのですが、裕子にとって、そんな状態から抜け出したいとベッドから降りました。さいわい、熱もさがり、気分も少しよくなったようです。折鶴の続きをやろうとしたら、ちゃんと九百八十羽になっているではありませんか。
「まだ夢の中なの?」
裕子は自分のほほをつねってみました。痛かったので、現実の世界のようです。
「ふ〜ん。わたしが眠っている間に、誰か置いてくれたんだろう」
裕子はそう納得することにして、残りの二十羽を一気に完成させました。
「そう言えば今何時だ」
机の上にあるクロックを見ると、十四時すぎでした。
「五時間くらい眠ってたんだ」
外の風景を見ようと、カーテンを開けました。
「わぁ……」
裕子は声にならない叫びをあげました。なぜって、外は雪が降っていたのですから。どこも何もかも積もっていて、銀世界です。道路も家の屋根も車も電柱も樹木も草も何もかも白い綿帽子をかぶっています。
「すてき。ホワイトクリスマスだわ」
パジャマから外出着に着替えた裕子は、サンタクロースに扮するつもりか、赤いダッフルコートを選びました。千羽鶴を大事そうに紙袋に入れてから外へ出ました。母親の止める声を聞き流して……
裕子のブーツのあとから、雪の足跡が続いています。まるで踊っているような足取りです。積雪のため、バスは運行不順だろうと心配していましたが、運よく停留所に着いた時は、病院方面へ向かうバスが来るところでした。
(10)
病院へ着いた裕子は、中庭から利加のいる病室の窓を何気なく見あげました。
「あ……」
ふしぎなことに、窓のすぐそばにある大きな木には、まだ一葉の葉っぱが残っていたのです。こんなに雪が降っていたのだから、さぞかし散ってしまっているのだろうと思っていたので、驚いたのもムリはありません。
「なんて、生命のある葉っぱだろう」
まるで利加に、強く生きろ、とはげますような声が聞こえてきそうです。
「葉っぱも負けてないんだ。よぉし、わたしも負けてられないぞ」
裕子は千羽鶴の入った紙袋を大事そうにかかえなおして、いざ、病院の中へ入りました。
利加は大喜びでした。もちろん裕子の持って来てくれたクリスマスプレゼント(千羽鶴)もそうですが、それ以上にすてきなプレゼントがあったのです。
「りかね。うみのむこうへいかなくてもいいんだって」
「え?」
海の向こう、と聞いて裕子はドキッとしました。
「あのね。りかのびょうきをなおしてくれるおいしゃさまがきてくれるんだって」
「え、ホント?」
「うん。とってもえらいりっぱなおいしゃさまだって」
「そぉ。よかったわね」
「うん。あのはっぱもまだちらないでがんばってるよ。だから、りかもがんばるよ」
「そうだね。わたしもがんばるよ」
裕子も利加もガッツポーズをしました。
(11)
夜――
病院を出た裕子の目の前に、意外な人物が立っていました。
「な、中田くん?」
「やぁ」
新平はテレくさそうに片手をあげました。
「あ。折鶴、ホントにありがとう」
「いやぁ。ヘタクソで申し訳ないけどね」
「ううん。とっても助かった。八十羽もつくってくれたから、残りの二十羽、楽にできたから」
「え、八十?」
「え、ちがったの?」
「僕がつくったのは十しかなかったけど」
それきり、ふたりは噤んでしまいました。やがて、裕子は肩をすかしながら笑っています。
「まぁいいわ。これはクリスマスのふしぎな現象ということにしておこう」
「え?」
「あ、ううん。何でもない」
「ところで、風邪はもうよくなったの?」
「あ、そう言えばそうみたいね」
「これもクリスマスのふしぎな現象のひとつ、かな」
「え?」
「あ、いや……」
「今度はわたしから質問ひとつ」
「え?」
「いつからわたしの家知ってたの?」
新平は答えることができませんでした。なぜなら、裕子の住所を教えてくれたのは、ほかならぬ羽沢美鶴なのです。新平が裕子に好意を寄せていることを悟った美鶴は、お見舞いに行くように、と新平に折鶴十羽を持たせて行かせたのでした。
ふしぎな人だ――
新平は美鶴のことをそう思うようになりました。
「あ、流れ星!」
雪のやんだ夜空にひとつの流れ星を指さしながら、裕子が叫びました。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス」
裕子も新平も祝いの声をあげました。そして、来年の高校入試の合格も祈念しながら……
(了)
「ありがとうございました」
羽沢美鶴が誰かにお礼を述べているところです。
「わたしのわがままを聞いてくださって、本当に何てお礼を申しあげてよいのやら」
「なぁに。気にしなさんな。世界中の子供たちの笑顔を見ることが、わしの一番の喜びじゃからな」
それは赤い服を着た、白くて長いあごひげの老人でした。白い大きな袋もあって、大きなツノを生やしたシカのような動物もいます。もちろんソリのような乗りものも……
「さぁて、今夜は一年に一度の大仕事だ。では行って参る」
「どうか、お気をつけて」
(おまけ)
「ふ〜ん」
「よかったでちゅね。これで、きっと利加さんはふしぎな現象でお空を飛んでいる夢を見ているのかも知れませんね」
「ところで」
「何でちゅか。クリちゅティーヌさん」
「結局ワタシらは何のために出て来たのよ。何もやってないじゃん」
「それは、ナレーションみたいな役割じゃないでちゅか」
「ふん。やっぱり作者に文句言ってやるわ」
「そうでちゅか」
「あんたは満足してるわけ?」
「メリークリちゅマス」
「な、何よ」
「お祝いでちゅから、そんなつまらない考えはやめて、多いに楽しみましょう」
「ふん。メリークリスマス」
「メリークリちゅマス♪」