DREAM&HOPE【http://www.drhp.org/】
まにいぬの犬小屋/第十七幕
冬の怪談スペシャル2007
新誠の書斎/恐怖の語部vsDREAM&HOPE/まにいぬの犬小屋

魔童女(まどめ)

 この地方に、ひとつの伝説があった。いや、伝説というよりは、伝奇と言ったほうがいいかも知れない。毎年の秋、必ずと言っていいほど、ひとりの少女が行方不明になると言う。それも、近頃ではあまり発生しなくなった夜霧と稲妻と雨というみっつの自然に伴うのだ。
 行方不明になった少女たちは、どれもこれも十代後半という年齢で、地元の学校に通う中学生か高校生である。どういった理由で、あるいはどのような事情で、少女が消滅するのか、それを解明した者は未だかって誰もいなかった。
 そんな噂を耳にしたマスコミやメディアの関係者は取材を試みたが、地元の住民の反発を買うばかりで、結局、この企画は流れた。
 所詮、怪奇現象とか超常現象、心霊現象などといった、人間の常識をはるかに超えた不可思議な事柄に対して、手も足も出ないのである。これは自然のルールか、あるいは神の意思か、それとも悪魔の仕業なのか、また、死神の決めた運命なのか……
 そんな地方へ、ひとりの少女が鉄道でやって来た。この噂の真実を確かめるためだ。
「ふむ、今のところ、あたしの霊感ではまだ何も感じられない」
 駅を出て、街を歩いた少女は異常がないことを実感していた。が、何か異様な雰囲気がするのだ。周囲の地元の住民が、ジロジロ、少女のほうを見ている。気がつくと、人びとの中に十代後半の女性の姿が見えなかった。ほとんど男ばかりで、女性といえば三十代以上の年齢だ。子供さえも見かけない。
「そうか。毎年ひとりずつ女の子がいなくなるから、その用心のために家の中に閉じこもるか、あるいは外へ出ることを禁じられているんだな」
 だから、少女のような若い女性の存在が、地元の人びとの目には奇異に映るのだ。そんな少女の肩を、ポン、とたたく者があった。振り向くと、高校生らしい青年が立っていた。
「君は、この辺の人じゃないね。ここがどういう所か、知らないようだから、教えてあげるけど」
「有名な怪奇スポット、だろ」
「それを知っていながら、ここへ来たって言うのか。変わった人だね。もしかすると、自分が犠牲になるかも知れないのに」
「あたしは謎を解くために来たんだ」
 少女の強い意思を示すような瞳を見た青年は、一瞬口を噤んだが、ニヤッと笑った。
「どうやら君は只者じゃないね。おれは桜木錠治(さくらぎじょうじ)。高校三年だ」
「あたしは、和泉零」
 霊能力少女、和泉零だった。ふたりは歩き出した。
「おれの姉も五年前から行方知れずになっている」
「そうだったのか。それは心配だろうな」
 桜木錠治の姉とは、桜木陽子のことだった。
「今年のはじめ、この地方自治体が決めたんだ。毎年の秋の季節の間、十歳代の女の子を外へ出してはいけないというルールをね」
「それで、今年の秋はまだ誰も行方不明になってないんだな」
「今のところはな」
「効果があったかどうか、まだ疑わしいと言いたいところだが、ところで」
 和泉零は桜木の顔を見定めた。
「一年にひとりずついなくなっているようだけど、いったい何年前から続いているんだ」
「わからん。おれが生まれる前から続いていたようだ」
「ふむ、何世代前、昔の怨念か復讐が、現代にも続いているってことは考えられないか」
「神隠しのことなら、おれも知っているが、怨念とか復讐なんてのは聞いたことがない。いや、おれは歴史なんてあまり詳しくないんだが」
「別にあんたが知らなくてもあたしは困ることはない」
 和泉零は歩きながら桜木と話していたのだが、ふと目標である建物を見つけた。
「あたしはここに用があるけど、一緒に調べるかい」
「え?」
 桜木が見あげると、そこは地域の古い図書館だった。
「何を調べるんだ」
「この地域に関する歴史と事件、それに風習などだ」
「オーケー」
「キーワードは、夜霧と稲妻と雨だ」
 ふたりは、あらゆる資料を調べ尽くした。

 明治中期に、夜霧と稲妻と雨が発生した秋の日に、ひとりの娘がこつ然と姿を消すという事件があった。宮元財閥の令嬢、美沙子(みさこ)、十六歳だった。地元の警察、消防隊、自治体などの必死の捜索も空しく、ついに行方がわからなかった。
 病気のために、自然消滅したのだ、という噂が流れた。
 それ以来、毎年の秋に、娘がひとりいなくなるという記録が残っている。百年以上経った現在では、ゆうに百人以上の娘が行方をくらましていることになる。
 宮元財閥はのちに解体され、一族の血縁も絶えてしまった。宮元一族の住処だった館は、レンガ造りと西欧風な城のような外観だったと言う。その館は、大きな地震のために崩れてしまって、現在では跡形もない。

「ふむ、病気のために自然消滅した、か。いったいどんな病気なんだろう」
 診断書や医学関連などの記録はないか、といろいろ調べまわった和泉零だが、その手掛かりも見つけられなかった。そろそろ閉館時刻が迫ったので、和泉零は桜木を見た。
「今日はこれぐらいで終ろう。おかげで助かったよ。ありがとうよ」
「いや、三時間以上も資料を調べて、たったこれだけしか手掛かりがないもんな」
「いや、それだけでも充分さ」
「ところで、泊まる所はあるのか」
「旅館のことなら心配ない」
「そうか。君は何でもひとりでやっているのか」
「何でもってわけじゃないが、人の手が欲しいときだってあるさ」

 その夜、和泉零は異次元空間の中を歩いていた。周囲一面、闇の中である。やがて、和泉零の足が止まった。前方には、霧が晴れるように少しずつ姿を現す存在があった。
「お久しゅうございます。和泉零さん」
「こんばんわ。お菊さん」
 古来三百年生きる日本人形、お菊である。
「明治の時代に、夜霧と稲妻と雨が発生した秋の日に、ひとりの娘が行方不明になるという事件があったのですが、それについて何か知っていることはありませんか。宮元美沙子という十六歳の娘です」
「百年以上昔のことでございますね」
 日本人形の目が閉じられ、しばらく何かを思い出すふうな様子だった。やがて、ゆっくり目を開けた。
「宮元美沙子、呪われた娘でございました」
「呪われた、というのは何か病気に関係あるんですね」
「さよう」
「いったいどんな病気ですか」
「らい病でございます」
「ら、らい病?」
「皮膚に斑紋ができ、毛が抜け、肉が崩れるという奇病でございます」
「あぁ、ハンセン病のことですか」
「あの時代ではひどい差別と世間の白眼視がございました。治療法もなく、強制収容所に行かなければならない時代でございました」
「………」
「美沙子の場合は突然変異でございました」
「突然変異?」
「十五歳までの美沙子は、何の変哲もない美しい乙女でございました」
「それが、突然発病した、と?」
「さようでございます」
「原因不明なんですね」
「自分の病気の恐ろしさを知った美沙子は、とんでもないことをしでかしてございます」
「とんでもないこと、とは?」
 そのとき、ひと筋の稲妻が光った。

 明治時代、十五歳の宮元美沙子は自分の美しさに誇りを持っていた。この世で自分がいちばん美しいと思い、男性たちが自分の周囲に群がるのを、当然だと思っていた。明治の女性らしく、着物がよく似合っていて、清楚な感じの、つつがない性格であった。気配りも思いやりもよく、親族の人気も大変あった。
 そんな美沙子が自分の顔を手鏡で見たとき、世にも悲痛な声をあげた。顔の右半分に、青白い痣(あざ)が浮びあがっているのだ。それが、らい病の始まりだった。
 いかなる最高の医学も医術も治る見込みのない奇病に侵された美沙子の悲しみは、計り知れないものがあった。しかも病気の進行が早く、余命一年だという。十六歳までしか生きられない。
 夜霧の深い秋の日だった。美沙子の心を引き裂くような悲しみを象徴するような稲妻が光り、美沙子の涙を思わせるような雨が降り出して来た。
「この世には神も仏もないものか。こうなったら死神も悪魔も勝手にわたしをどうにかしてくれたらいいわ!」
 自我を抑えきれずに嘆き苦しんでいた美沙子は、不気味な存在を感じ取った。涙にぬれた目で見定めようとしても、その存在は大きな影としか映らなかった。頭には大きな角と、大きな翼がはっきり認められる不気味な影だった。
「だ、誰?」
「自分で呼んでおきながら、誰とは納得いかぬぞ」
 人間とは思えない声だ。悲しみも恐怖もいっぺんに吹き飛んだ美沙子は、おそるおそる声をかけてみた。
「あ、悪魔だとおっしゃるんですか」
「いかにも。我、悪魔にござる。我との契約をするならば、申し述べるがよい。オマエの希望を」
「希望、希望ですって?」
「いかにも。オマエが今いちばん望むことぞ」
「それなら、わたしの美しさを永遠にして。この若さと美貌を未来永劫そのままにして。年も取らずに、永遠にこのままのわたしでいたい」
「それが、オマエの希望か」
「えぇ。できるの?」
「契約をするのに、条件がある」
「条件、何をするの?」
「永遠の若さでいたいのなら、それにはまず、オマエと同じ若い女の血を飲み、その肉体を食べることぞ」
「え……?!」
「年を取りたくないなら、一年に一回、実行することぞ」
「一年に一回、わたしと同じ女性の血と体を飲んだり食べたりしなければならないの?」
「できなければ、オマエの希望は聞かなかったことにする」
「いいわ。やるわ。やればいいんでしょう」
「これで契約は完了した。これより一年間オマエは生身の人間と変らない。されど、一年後の今、若い女の血と体を求めなければ、オマエの魂は、我、いただくぞ」
「わかったわ」
 恐ろしい魔性の女が誕生したのだ。そして一年後、人間であることを捨てた美沙子は、自ら姿を消した。腐りゆく肉体を、若くて健康な生贄(いけにえ)の肉体に交換するために、悪魔に魂を売った。
「悪魔の童女(どうじょ)、魔童女(まどめ)」
 魔女に生まれ変わった美沙子は、そう名乗った。

「魔童女……」
 お菊の恐ろしい話を聞いた和泉零は思わず身震いした。話し終えたお菊も、呼応するように、深いため息を吐いた。
「恐ろしい女でございます」
「ありがとうございました」
 和泉零は頭をさげて、去ろうとした。お菊が呼び止める。
「零さん、闘われるのでございますか」
「それが人間社会のためであれば、あたしはどんな危険も省みないつもりです」
「ご健闘をお祈りいたします」

 夜霧と時どき光る稲妻、不意に降り出した雨の中を、ひとりの女子高生が迷っていた。大きな館が見えると、導かれるように門扉を開け、玄関へ向かった。中へ入ると、肌寒かった外とちがって、とても暖かかった。
「ようこそ」
 ふと、女子高生の耳に、そういう声が入った。見まわすと、螺旋状の階段を降りて来る、花柄模様の着物と黒い髪の毛のおかっぱの少女の姿があった。その唇は血のように赤い。その口が動いた。
「かわいそうなあなたは、わたしの今夜の生贄」
「生憎だがな、あたしはてめぇの生贄なんかならねぇさ」
 突然女子高生の右手から光るものが飛び出た。霊光剣だ。一瞬身を退いた着物の少女は、口を大きく開いた。二本の牙が生えている。これが、魔童女の正体だ。
「どうやら、ただの人間じゃないようね」
「あたしは和泉零。魔童女、てめぇを成仏させるために参上。覚悟するがいい!」
 霊光剣を振りあげる零から逃げるように跳躍した魔童女はあっという間に二階の踊り場に到着。見あげる零は螺旋状の階段を一気に駆けあがる。
「ムッ」
 零が近づくのを待たずにふたたび魔童女が跳躍。零を目がけて鋭い爪をむき出す。その攻撃を霊光剣で防ぐ零。だが、衝突によって、零が吹っ飛ばされる。空中の零を、魔童女が追いかける。
「渇」
 自らの体勢を立て直そうと必死の零は気合の声を出した。迫って来る魔童女の恐ろしい顔が眼の前だ。構えを取ってなかった霊光剣を思わず横に振る。刃先が魔童女の横顔を斬る!
 血と肉塊が周囲に散った。それでも魔童女の攻撃は衰えない。悪魔の力を得た魔女の力は、零の想像をはるかに超えた。魔童女の牙は血だらけだ。
「プッシャーッ」
 魔童女の叫びだ。もはや美しい少女の面影はない。百年以上もの間、自己のわがままで何人も人間を殺してきた魔性の、グロテスクな形相だ。
「てめぇは百年前すでに死んだ人間だ。安らかに成仏して眠るがいい!」
 和泉零の精神統一という気と霊能力が合体したとき、霊光剣が最高最大の技を繰り出した。
「必殺、破魔剣(はまけん)!」
 霊光剣から発せられた強烈な光が魔童女をまっぷたつ!
「砕けよ、魔童女!」
 間髪(かんはつ)を容れず、零は霊光剣を横に振る。魔童女の体が光に包まれるようになり、木っ端微塵に砕かれた。
「プッシャーッ」
 顔だけになった魔童女が最期の悪あがきのようになおも零に挑みかかった。それを零は左手だけで受け取り、まるで雑巾を絞るように、簡単に握り砕いた。
「安らかに眠るがいい。魔童女、いやさ、宮元美沙子」
 闘い終えた和泉零は、魔童女の住んでいた館を、魔力の炎で燃やした。夜霧の中、煌煌(こうこう)と燃え盛る赤い獣を見あげながら、成仏を唱える和泉零であった。
 こうして、一年に一回、少女がひとり行方不明になるという現象は、霊能力少女、和泉零によって解決したのである。

「どれ、魂をいただくとするか」
 燃え盛る館の中、不気味な存在があった。魔童女の亡骸から何かを吸い取っているようだ。契約実行期間が終了したので、宮元美沙子の魂を手にした悪魔は、いずこともなく消えた。

新誠の書斎/恐怖の語部/魔童女