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まにいぬの犬小屋/第十二幕
(夢と希望の創作まつり『花嫁』出展作品)

こけしと花嫁

「エエエェーン」
 草木も眠る夜のしじまの中、どこからか、泣きわめくような声が聞こえてきます。その声に気づいた日本人形のお菊は、周囲を探しまわっています。三百年も生きたお菊にとって、その声はどういう種類の声か、すぐ判別できました。生まれて間もない赤ん坊か、あるいは、母親のお腹にいる胎児の声にちがいありません。
「こんな闇の異次元空間で、赤子の泣き声とは……」
 生命体ではない無機物たちの意識の世界で、人間の赤ん坊の泣き声が聞こえるなんて、三百年の経験の中でも皆無でしたので、お菊は不思議そうに、泣き声の存在を探し求めています。
「エエエェーン」
 やっと突き止めたお菊は驚きました。それは東北地方の土産のひとつ、こけしという人形でした。細長い眼から、大粒の涙を流しています。
「エエエェーン」
「もし、失礼ですが、どうしてそんなに泣いているのでございますか。よろしければ、わらわにそのわけを教えてくださいませんか。場合によっては、力になってあげられるかも知れませぬ」
 すると、こけしはピタッと泣きやみました。まるでお菊が来ることを予期していたように、こけしはお菊に向かって、深ぶかとお辞儀しました。
「霊能力者のお菊さんですね。うちはこけしの大五郎です」
「大五郎さんでございますか」
 東北地方の郷土玩具、こけしには地方によって種類や特徴がちがいます。土湯系、弥治郎系、遠刈田系、山形系、作並系、鳴子系、蔵王系、南部系、肘折系、木地山系、津軽系があって、主に温泉や昔の部落を発生源に、子どものおもちゃとして作られ、また子どもたちの健やかな成長を願って、気候風土と農村の生活の中で生まれ育ってきました。こけしという字を漢字で書くと「木形子」で、木の形の子どもです。各地方によって呼び名もいろいろあります。「こげず」(鳴子)とか「きぼこ」(仙台)とか「でこ」(福島)「きなきな」(岩手)など……
「それで、こけしの大五郎さんは、わらわにどのような御用でございましょう」
 こけしの大五郎は少し考えるように、黙っていましたが、思い切って口を開こうとします。
「実は、母の無念を……」
 そう言っただけで、次の言葉を言おうとしません。
「何と申されました。母の無念を、としか聞こえませんでしたが」
 あとを促がそうとするお菊は、大五郎の表情を読み取って、ギクリとしました。ちがう存在を感じると、すぐ背後を振り返りました。
「………!」
 この時ほど、恐怖を感じたことはかつてありませんでした。そこには、女の亡霊が立っていたのです。それだけなら霊能力者なので見慣れているのですが、その女は青白いドレスを着ていて、怨んでいるような表情が顔を醜く歪めています。あまりにも恐ろしい形相です。よく見ると、白いドレスはウェディングドレスのようです。
「うちの、母です」
 こけしの大五郎が、女の亡霊の側に来ると、お菊に紹介しました。
「さようでございましたか。それで、御用件とおっしゃいますのは……」
 お菊が訊ねると、こけしの大五郎は一度女の亡霊を見ました。女の亡霊が軽くうなずくのを見て、またお菊のほうを見返します。
「実は、成仏したいのです」
「それでは充分に成仏されずに、この世界に迷い込んだのですね」
「現世に未練があったのですから」
「よろしければ、その未練とやらをお話できませんでしょうか」
「もう六十年以上昔の話になります」
「何と、六十年以上とは」
 驚いたお菊は、改めてこけしの大五郎の顔を見つめました。子どものような声なので、幼稚園児か、小学生だと思っていたのですが、ちがったようです。実は、そうではありませんでした。

 六十年以上前、当時の日本は戦争の真最中でした。
 東北地方に住む景子(けいこ)は田坂(たさか)の嫁になったばかりで、田坂の家で家業を手伝っていました。そんな時、夫の田坂に赤紙(召集令状)が来てしまいます。日本男児たるものと祝ってくださる周囲の人びとの喜びをよそに、景子は複雑な心境です。そのお腹には小さな生命が宿っていたのです。
「生まれてくる子供のために、俺は生きて帰って参る」
 固く誓う夫の手にはこけしが握られています。それを嫁の景子に渡すと、
「これを俺だと思って大事にしてくれ」
 涙を流しながら、景子は何度も何度もうなずき返しました。
 そして夫が戦地に赴いた数日後、米軍戦闘機による空襲によって、田坂の家を含めて周囲の建物が焼け出されてしまいました。
「あ、あなたァーッ!」
 逃げ遅れた景子は夫のこけしを固く握り締めながら息絶えてしまったのです。その時、お腹の生命は魂の塊になって、そのこけしに宿りました。

「それではあなたさまは……」
 話を聞いたお菊はさらに驚きの声をあげました。
「そうです。うちは母のお腹から、こけしに移りました。生きているのか、死んでしまったのか、自分でもわかりません。だからこの魂は永遠にこの世界を彷徨い続けているのです」
 生命の灯をともしたまま、こけしに宿り、永遠に住むことになった魂……
「うちの母は、いきなり死んだので成仏できなくて、供養してくれる人もいなく、この世界で迷い続け、それで、うちと再会したわけです」
「さようでございましたか」
 その時、花嫁の亡霊・景子がはじめて口を開きました。
「どうか、お願いでございます。うちの人はどうなったのか、それさえ確かめられたら、あたしはこの子と一緒に、あの世へ旅立ちとうございます」
「ご主人さまの消息のことが気にかかるのでございますね。何か、ご主人さまの持ちものはございますか。そのものを触れることによって、魂の存在を確かめられるのですが」
 景子はこけしを指さします。
「うちの人が一生懸命創ったこけしです」
「さようでございますか。それでは失礼いたします」
 お菊はこけしを触り、眼をつぶりました。どこかにいるだろうか、魂と接触を試みているようです。やがて終ったのか、こけしを触っていた手が離れ、眼も開けました。
「あの、うちの人はどうなったのでしょうか」
 景子もこけしの大五郎も、お菊の表情を見つめます。
「ご主人さまは、あなたがたのうしろにおいででございます」
「え?!」
 びっくりした景子は思わずうしろを振り向きました。そこには傷だらけの兵士が立っていたのです。
「あ、あなた!」
「景子、元気だったか」
「元気か、なんて、あたしらはとっくに死んでるんじゃないの」
「あぁ、そうだったな」
 兵士の亡霊・坂田はこけしの存在に気づきました。景子が言い続けます。
「あたしたちの子どもよ」
「そうか」
「あなたの欲しかった男の子、大五郎よ」
「そうか」
 坂田はこけしを手招きます。
「大五郎」
 すると、こけしの中から赤ん坊の幻影が見えたかと思うと、それが父である坂田のほうへ飛んで行ったのです。坂田の両手に抱かれた赤ん坊は気持ちよさそうに眠っています。その寝顔を見て安心した景子は、お菊のほうへ頭を深く下げました。坂田も同じように頭を下げます。そして闇に溶けるように、三人の姿はだんだん消えていきました。
 お菊は手を合わせていました。ふと気がつけば、こけしが残っています。三人の忘れものでしょうか。
「やはり、あなたさまでございましたか」
「バレてしまいましたか。さすがはお菊さん」
 大五郎とはちがう別の声が、こけしの口から出ました。少しずつ、こけしの形がだんだん本来とは別の形になろうとしています。それは地蔵でした。
「水子供養のお地蔵さま。お久しゅうございます」
「こちらこそ。いや、さすがはお菊さんだね。ひょんなことで、あのこけしの大五郎くんと出逢ったが、大五郎くんの相談には、このボクの力ではどうにもできないから、お菊さんのところへ行くように、言っておいたのだ」
「さようでございましたか」
「だから家族そろった時、ひそかに供養しておいたのだ」
「ご苦労さまでございました」
 お菊はねぎらうように頭を下げました。続けて、
「それにしても妙でございますね」
「何が、だ」
「こけしと地蔵なんて、存在理由や利用価値などから考えますと、まったく別のものなのに、共鳴したのでございますか」
「うん、たしかに共鳴したよ。それにお菊さん、ひとつ勘ちがいしてるよ」
「勘ちがい、とは」
「たしかにこけしと地蔵は、どちらもまったく別のものだ。似ていると言えば、人形(ひとかた)だね」
「ひとかた。わらわのようなお人形でございますか」
「地蔵とは元来供養するための、墓みたいなもの。そして、こけしとは東北地方の子どものおもちゃ。そうなんだね」
「さようでございますが」
「こけし、とはこういう字で書くこともあるのだ。<子消し>、子を消す、という意味だ」
「何と」
 初耳だったらしく、お菊の表情は驚いていました。
「子を消すと言っても子どもを殺すのではない。死んだ子どもの魂を鎮めるために、こけしの存在はあるのだ」
「さようでございましたか。だからこそ、水子供養のお地蔵さまと出逢われたのでございますね」
「その通りだ」
 水子供養の地蔵は右手の錫杖(しゃくじょう)を持ちなおして、いずこかへ立ち去ろうとします。
「また逢いましょうぞ。今度は<石と木>が共鳴する時かも知れませぬ」
「石と木……?」
 ハッと思い当ったお菊は、来るべき時が近づきつつあるのか、と身震いを禁じ得ませんでした。それは戦慄と似た予感と言ってもいいでしょう。
「やはり、まにいぬさんの再登場なのかも知れませぬ」