序
夏――
盆踊り大会はにぎわっていた。夜店もいろんな出しものがあって、人びとは楽しんでいる。日中はひどく暑かったが、夕方になるとだんだん涼しくなり、過ごしやすい夜だったから、浴衣娘たちの姿も目立った。もちろん、男も女も年齢も関係なく、浴衣の姿は見かける。
そんな中、天野なつみは親友の辻川清美とともに、夜店を歩きまわっていた。どちらも浴衣を着ていて、うちわと巾着をぶらさげている。ふと、何かを見つけた清美が指さしながら声をかけた。
「あ、なつみ。あそこ、占いみたいだよ。行って見ようよ」
「え、うん」
ふたりが向かったのは夜店のひとつ、水晶占いだった。路上でやる易占いなどで見かけるような、小さな卓をはさんで丸イスがふたつ。ひとつが占い師専用で、もうひとつはお客用のものである。なつみと清美が近づく。
「いらっしゃいませ」
若い女の声が返って来た。見ると、占い師は若い女性だった。それも年齢はなつみたちとそんなにちがわないようだ。あるいは、まだ高校生なのかも知れない。両の眼が少し吊りあがっている。
「ね、なつみから占ってもらってよ」
清美に促がされて、なつみは丸イスに座った。
「どのようなことを占いますか」
占い師が問うた。なつみは答えに困って、清美を見やった。
「あ。未来とか恋愛とか、ね。吉と出るか。凶と出るか」
清美があっけらかんに言った。それを聞いて、占い師が応える。
「わかりました。それでは利き手を
水晶にかざしてください。触れない程度に」
なつみは言われた通りに右手を水晶に少しずつ近づけた。水晶と約一センチの所で止まった。占い師は両手をゆっくり動かしながら水晶に近づけ、両の眼を閉じた。その表情から何かを捜し出そうとする苦悩が見られた。
「過去も未来も何ひとつ変化はなく、平凡的な人生となりましょう。恋愛についてはまだありませんが、そのうち、すばらしい男性の方が現れるでしょう。その他、健康の面にも安全の面にも何ひとつ問題はありません。ですが、くれぐれもお気をつけてくださるように」
「ハイ」
占い師の言葉に、なつみはホッとしたように返事した。うしろから清美が声をかける。
「よかったね。なつみ。さ、今度はあたしの番だよ」
なつみは立ちあがって、清美にイスをゆずった。
「今度はあたしの未来のことや恋愛のこと、もちろん健康のこともね」
「わかりました。それでは利き手をこれに」
「わかってるって。こうすればいいでしょ」
占い師の説明を聞くまでもなく、清美は右手を水晶にかざした。占い師はまた両手をゆっくり動かして水晶に近づけ、両の眼を閉じる。しばらくすると、両の眼がクヮッと開いた。何かおそろしいものを見たかのような表情だ。あっけに取られた清美は、一度なつみと顔を見合わせてから聞いた。
「あの、何か?」
「あ。申し訳ございません。もう一度占いさせていただきます」
占い師はまだ両手を動かしながら両の眼を閉じた。するとやはり同じ光景が見えるのか、おそろしいような表情になった。冷や汗がいっぱい出ている。
「あの……あたしの未来に何かよくないことでも?」
清美がおずおず訊いた。占い師が応える。
「申し訳ございません。あたしの口から申しあげることはできません」
「え?」
清美は不安になって問い詰めた。
「じゃあ、凶が出たのね?!」
「それは申しあげられません。ですので、料金はいただきません」
「そぉ。わかったよ。なつみ、行こう」
プイと立ちあがって清美はさっさと行った。なつみはチラと占い師を見て軽く頭をさげた。占い師は丁寧にお辞儀していた。
「ありがとうございました」
なつみは清美のあとを追いかけた。
「待ってよ。清美。占いなんてあまり気にしない方がいいよ」
「そーんなこと、わかってるって。凶が出ようと吉が出ようと、あたしは占いなんて
最初から信じてないからね」
それからふたりは夜店をまわったり、盆踊りを楽しんだり、そしてクライマックスである花火大会も充分に楽しんだ。そんなふたりを遠くから眺めているひとりの少女の存在があった。それはさっきの水晶占い師だった。
――あのきよみって娘、近い将来、よくないことが起こる。それは恐怖の未来と言ってもいいだろう。そしてもうひとりの娘、なつみって呼ばれてたっけ。あの子には何かふしぎな力があるようだ――
実はさっきの占いですでに気づいていたのだが、本人にあえて言わないことにしたのだ。
水晶占いの少女
深夜――
あたりは深い霧に包まれていた。一メートル以内でないと、周囲が認識できない。そんな中をひとりの少女が歩いている。さっきの水晶占い師だ。こんな真夜中に少女がひとり……
不審に思うだろう。しかも、ここは現実の世界ではない。異次元空間である。やがて、少女は誰かの気配を感じ取ったらしく、その足を止めた。
「お久しぶりです」
「まぁ。これはお久しゅうございますね」
少女の声に反応して、霧の中から出現したのは日本人形だった。江戸時代より三百年も生きる、お菊である。
「お菊さん。実はお願いがあってやって参りました」
「わらわにできる範囲でしたら、何なりと申し告げてくださいまし」
「これなんですが」
少女が取り出して見せたのは、水晶である。その中の
像をお菊に見せた。すると、お菊はむつかしそうな表情になった。
「こ、これは……」
「もしかしたら我われが捜し求めていた悪霊かも知れません」
「今、この娘さんの状態は?」
「まだ危険ではありませんが、予知では近い将来現れるでしょう」
「さようでございますか」
「それと……」
「何でございますか」
「この娘の友だち、なつみと言うらしいんですが、この子には何かふしぎな力があるような気がしてなりません」
「何と、なつみさんが」
「お菊さん。ご存知なんですか」
「もしかしたら今悪霊に取りつかれてないのは、なつみさんの存在のおかげなのかも知れません」
「何ですって?」
「天野なつみさんとまにいぬさんがいれば、百人力でございます。それに悪霊退治にはやはりあの方、斬妖剣のお侍さまもいれば、こわいものはござません」
「え、斬妖剣?」
水晶占いの少女が驚いた顔になった。
「まさか、斬妖剣の亡霊にも逢われたことあるんですか」
「さようでございますが、何か?」
「いえ。ただ噂を聞いたことがあっただけですので」
「さようでございますか」
「それで、その、なつみと、まに……?」
「まにいぬさんでございます。ですが、今しばらくはなつみさんのお友だちの娘さんの様子を見た方がよいかも知れません」
「今は夏休みですが、幸い、あたしと同じ学校なので、あたしも様子を見ることはできます」
「さようでございますか。それで、わらわにできることは?」
「それなんですが、あたしの霊能力でもダメだったら、お菊さんの力も貸していただきたいのです」
「お安いご用でございます。ことと場合によっては斬妖剣のお侍さまもお呼びいたしましょう」
「よろしくお願いします」
こうして水晶占いの少女とお菊の交渉は成立したのである。
友人の異変
「行って来まーす」
制服姿のなつみが元気よく玄関を出た。夏休みも終った新学期、九月の朝は晴れていて、清すがしいものだった。
「まに!」
まにいぬの鳴き声に送られて、なつみは歩き出した。しばらくして友だち何人かと合流する。が、辻川清美の姿が見えなかった。その時はまだ、なつみはあまり心配してなかった。
実は清美の家族がお盆休みで母親の実家へ行って以来、清美との連絡が取れないでいた。ケータイもそのメールもパソコンのメールも、清美からの返事はなかった。
学校に着いても、始業のベルが鳴っても、清美はまだ来ていない。始業式のあと、教室へ戻ると、
HRが始まった。担任教師の開口一番、それは『辻川清美が事情によって長期欠席する』という連絡だった。生徒の質問もあったが、担任も詳しいことは知らないようだった。
放課後の下校時、ひとりで帰途に着くなつみの肩をたたく者があった。振り向くと、なつみの目が大きくなった。
「あ、あなたは……」
そこには、水晶占いの少女が立っていた。
「あの時の友だちは?」
「え?」
「あんたと一緒にいた友だちだよ。今日は学校に来てなかったのか」
「あ、清美のこと。清美なら長期欠席するんだって、先生のお話があったんだけど」
「何だって。長期欠席?」
「うん」
「何かあったんだな」
「え?」
占いの少女は、しまった、というような顔をした。
「そうか。夏休みもずーっと一緒にいるわきゃないんだ。こりゃ、うかつだった」
「え?」
「とにかく、そのきよみって娘の家、わかるか」
「うん。今からお見舞いに行こうと思って」
「そこへあたしを連れてってくれるか」
「え。うん。いいよ」
ふたりは連れ立って歩き出した。
「ところで、同じ学校だったのね。知らなかったわ」
「あぁ。そうだね」
「あ、自己紹介するね。あたしは天野なつみ。よろしくね」
「あたしは、和泉零」
「いずみれい、さん?」
清美の家が近くなると、和泉零の顔が険しくなった。
「ふ〜む。このあたりには霊気を強く感じるな」
「え、そぉ。和泉さんって霊能力持ってるんだ」
「あんたは霊の存在については否定的かい」
「う〜ん。なつみの友だちにも悪霊退治している女の子がいるんだけど、ま、どっちかといえば中立的ね。アハ♪」
「ふ〜む。要するに自分の考えがあまりハッキリしないってことだな。悪く言えば能天気。よく言えば……」
「よく言えば、何?」
「ふむ。言葉が浮かばん」
「アハ♪ 和泉さんって姿格好は女の子なのに、男性的ね」
「体は女でも、気持ちは男でありたい」
そんな会話をしているうちに、清美の家に着いた。
「ごめんください」
なつみのあいさつに反応して、清美の母親が出て来た。前よりやつれているようだ。
「あ、なつみちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは。おばさん。あの、清美は?」
「ええ。ごめんね。まだ田舎にいるんだけど」
「清美、どこか悪いんですか」
「え、ええ……」
これ以上、母親の口は容易に開かなかった。と、横から口を出したのは和泉零である。
「もしかしたら憑依されたんじゃないですか」
「え?!」
なつみも母親も同時に驚きの声をあげた。
「どうして、それを」
驚きを隠せない表情の母親に対して、和泉零は真剣だった。
「もしそうだとしたら急がねばなりません。清美さんの居所を教えていただけませんか。すぐ飛んで参ります。原因がわかれば取り払うことも可能かも知れません」
なつみも母親もただ、和泉零の顔を見つめるばかりだった。この和泉零という少女はいったい何者……?!
恐怖の瞬間とき
なつみと和泉零は朝早くから清美のいる地方へ向かった。新幹線で行くと約一時間だが、ローカル鉄道やバスに乗り継いで行かねばならないほど遠いので、車で行くことにした。運転するのはもちろん、なつみの異母の兄、ブルーである。この兄妹はblue&merryというユニット名(?)でWebサイト『DREAM&HOPE』で活動しているので、詳しくはWebサイトも参照していただけばありがたい。
そしてもうひとり、いや犬だから一匹というべきだが、それは他でもない。まにいぬである。これは和泉零の強い勧めだった。まにいぬに強烈な霊気を感じたからだ。なつみとまにいぬ、もしかしたら目に見えぬ気のなせる業で引き合うように出逢ったのかも知れない。何かの役に立つかも知れないだろう。
(作者注=なつみとまにいぬの出逢いについては、まにいぬシリーズ第九幕をごらんいただきたい)
三人と一匹が清美の居所へ着いたのは正午になる頃だった。そこは自然がいっぱいの田舎で、遠くに山やまが見え、野菜畑も広く見渡せた。ブルーの車が迷うことなく難なくたどり着けたのは、なつみのナビゲーターのおかげだった。
清美があずけられている家には、祖父母をはじめ、母親の兄にあたる伯父夫婦とその長男夫婦、その子供たち、そして兄弟たちが住んでいた。
長男の嫁の案内で、三人と一匹は清美の住む離れ
家やへ向かった。すると今までおとなしかったまにいぬが、急に唸り始めた。
「う〜〜〜ッ」
「まにいぬ。どうしたの」
なつみがまにいぬをなだめようと抱きあげた。和泉零も何かの気配に気づいていた。
「とんでもない霊の気がピンピン感じるよ。なつみ。あんたは何も感じないのか」
「え。なつみは何も……」
案内してくれた嫁は部屋へ入るのをこわがるので、引き返してもらった。なつみはノックしながら声をかけてみる。
「清美。なつみだよ。入るよ」
扉を開けると、いきなり臭気が鼻を衝いた。思わず鼻に手をやる。
「な、何。このニオイ」
と、なつみが目にしたのは!
「き、清美?!」
『何しに来たぁーッ!』
女の子の声とは思えぬ不気味な声を発したのは、清美とは似ても似つかぬ体格の者だった。やせ型の体がまるで力士のように丸まると太り、顔も青白く変形している。髪の毛は振り乱れ、口もとにはヘドがタレ流れている。両手首と両足首、胴体にはベッドに縄で強く縛られていた。
『この縄をほどけェーッ!』
清美は、いや清美に取り憑いた悪霊が体を激しく動かしながら叫んだ。なつみはこわくなって、ブルーに抱きつく。まにいぬは唸るばかりだ。和泉零は無表情でゆっくり清美に近づく。見ると、合掌しながら呪文のようなものを唱えている。
『汝は何者ぞォーッ。近寄るなァーッ!』
悪霊の声を無視するように、和泉零は進みも止めないし、呪文も止めない。たまらなくなって悪霊はヘドを吐き出す。口から飛び出た汚物が和泉零の顔にあたる。
「和泉さん!」
なつみが呼んだ。顔にひどいニオイのものを吹っかけられても動じることなく、零はまたゆっくりと進みながら呪文を唱え続ける。
『ち、近寄るなぁああーッ!』
悪霊は苦しそうにもがいた。零の声が少しずつ高くなった。
「渇!」
零が叫ぶと、悪霊は急にグッタリとなった。
「やれやれ。今度はかなりの難敵のようだ」
零の顔も体も汗でビッショリだった。なつみが訊く。
「清美に声をかけていい?」
「今はちょっと休ませた方がいいかもね」
「そぉ」
なつみは心残りそうだった。すると、弱よわしい声が聞こえた。
「た、す、け、て」
見ると、清美は正気に戻っていて、その瞳がなつみをしっかり捕えて放さなかった。
「清美。なつみがわかるのね」
なつみが清美のそばへ駆け寄った。
「なつみ。来て、くれた、んだ。きっと、たすけて。あたしを」
「うん。きっと助けてあげるから。だからもう少しがんばってね」
「うん……」
それだけ言うのに精いっぱいだった。清美は疲れたように眠ってしまった。
「和泉さん。清美を救い出してあげて。お願い」
「言われなくても助け出してやるよ。それがあたしの使命だからさ」
和泉零はリンとした声で言った。