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蒼い鶴の気になる物語/第一話
桜舞散夜(おうぶさんや)
今年も桜の季節がめぐって来た。冬から春に変ろうとする頃、例年のごとく、いつも行く場所があった。いつからか、毎年の習慣になっていた。
長い石段を登り、石畳の硬さを靴の裏で感じながら、墓地の通路を黙もくと歩く。石段も立ち並ぶどの墓石も舞い散る桜で埋まっていた。雪化粧ならず、桜化粧だ。やがて、目的の墓石の前へ来た。
墓石の所どころに積もっていたはずの桜の花ばなは綺麗に取り除かれ、墓石もたった今水で洗い流したばかりのように綺麗になっている。それのみならず、新しい供養の花も飾ってあった。
誰が清掃してくれたのか、見当がついたが、それはちがった。近くに人の気配を感じたので、その方へ振り向いた。想像もしなかった意外な人物が佇んでいた。
僕の視線を捕えると、軽く頭をさげた人物は、羽沢美鶴だった。なぜ、彼女がここにいるのか――
「君はねーねの……」
「妹です」
「………」
「あまり驚かないようですね。いかにも知っていたというふうな表情(かお)ですわ」
「いや。知っていたのではない。ある程度、想像はついていた。ただ知るきっかけがなかっただけだ。君はどこか、ねーねの面影に似ている」
「そうですか。わたしは一度も逢ったことはありません。こうやって、お墓参りに来ているだけです」
「ピンちゃんは知ってるのか」
「桃子ですか。あの子は何も知りません。と言うか、何も関係ありません。ただ……」
「ただ?」
「名字は同じですが、あの子とは本当の姉妹ではありません」
「……そうか」
「やっぱり驚かないんですね。ブルーさんは何もかもご存知なんですね」
「いや。何度も言うように、想像はつく。悪いと思ったが、君らに関する素性などを僕なりに調査してある」
「そうですか。それでは、あのお話もご存知ですね」
「あの話、とは」
「わたしに関する事件ですわ」
「………」
桜の舞い散る夜に――
「ブルーさん。ご遠慮なさらないでください」
「ん、何のことだ」
「事件のこと、小説に書きたいんでしょう」
「いや、しかし、あまりにも凄まじい内容だ。それに君の人権の問題もある。簡単には書けない」
「かまいませんわ。以前にも一度、にいまん(♂)さんに頼みましたけど、断られました」
「………」
「ブルーさんにお願いするのは酷なことでしょうか」
「本当にいいのか」
「もちろんですわ」
「しかし、僕の一任では決めかねる。やはりにいまん(♂)と相談する」
「ブルーさんが書きたいのなら、それでもいい、とにいまん(♂)さんがおっしゃってましたわ」
「ふーむ」
「やっぱりムリでしょうか」
「それが、君なりの復讐なのか」
「無論ですわ」
美鶴の瞳の奥に、青白い炎を見たような錯覚を、僕はおぼえた。普段もの静かで、おとなしい彼女が、こんなにも我を貫き通すのは、はじめてだ。
「本当にいいんだな」
もう一度念を押す僕の問いかけに対して、彼女は僕を見つめたまま、深くうなずいた。
羽沢美鶴――
はじめて逢ったのは、その妹である羽沢桃子の紹介だった。ひと目見た時、ねーねがあの世から舞い戻って来たのかと錯覚するほど、美鶴は蒼川あゆみに似ていた。端正的な目と背中へ垂らしている長い髪の毛、そして姿格好があゆみと雰囲気が似ている。ちがうところと言えば、髪の毛の色だ。あゆみは日本人的に綺麗な黒髪だが、美鶴は現代の若者らしく、少し黄色がかっている。
ねーね、あるいは、あゆみ、と書いているが、僕の姉であり、産みの母でもある。詳しくは、旧・なんでも雑談の『
心中事件』を読まれたい。
僕が二歳の時にあゆみが亡くなり、その二年後に美鶴が生まれた。
ほとんど同時に、あゆみの父である壮太郎(そうたろう)は離婚を申し出た。壮太郎は蒼川家のむこ養子だった。妻と娘のあゆみを愛したか、愛されたか、現在(いま)となっては定かではないが、壮太郎には当時ひそかに愛人がいた。密会を重ねているうちに妊娠が起こり、産まれたのが美鶴だ。
離婚後、壮太郎と愛人は美鶴とともに同棲するようになり、入籍はしたが、結婚式はあげなかった。年月が流れ、一見平和な家庭に、突然不幸な出来事が起こった。
桜の舞い散る夜に――
ちょうど、美鶴が小学五年生になったばかりの四月のことだった。学校から帰る途中に行方不明になり、夜になってもまだ帰らないので、学校側も地域側も一緒に捜しまわった。深夜になっても消息が知れず、警察へ捜索願いを出そうかと言う相談が持ちあがった時、電話が鳴った。
『娘さんを預かった。返して欲しければ、明日の朝六時に、壮太郎ひとりで、次に言う場所まで来い。場所は……』
脅迫電話ではあるが、身代金の要求がなかった。電話の声に、壮太郎は心あたりがあったようだった。
翌朝、壮太郎が約束の場所へ出向いた。そこは暴力団まがいのローン会社だった。果たして、そこに美鶴の姿はあった。生きていることは生きているのだが、――
ああ、何という残酷なことよ。まだ十歳の少女の服装は乱れ、半裸に近い格好だ。誘拐犯は単独ではなく、五、六人のグループだった。会社ぐるみだったのだ。
四月とは言え、まだ肌寒い風が美鶴の体を震わせた。男たちの乱暴のために泣き疲れた顔は、父親の姿を認めると、半狂乱的に顔を両手で隠しながら泣き叫んだ。
そんな娘の状況を目にしながら、壮太郎の表情はどこか後悔に似た思いがあった。やっとの思いで娘のもとへ歩き始めようとした時、男たちは狂ったように笑い声をあげながら、それぞれ勝手にしゃべり出した。
「ウェーッヘヘヘヘ。この娘も将来、あゆみに勝るとも劣らないイイ女になるぜ」
「まさにこれからが食べ頃よ」
「まったく血は争えぬものよ」
「カエルの子はカエル、ってか」
「そういやぁ、あゆみと美鶴は姉妹じゃねぇか。腹ちがいの、な」
「この父親ありて、この娘あり、か」
そんな声を聞き流しながら、壮太郎が一歩手前に近づいた時、娘の反応は予想に反した。
「来ないで!」
美鶴の形相は怒りと悲しみが入り混じっていた。
「あんたなんて父親なんかじゃない!」
この言葉に対して、壮太郎は意外に思うところか、むしろ当然だと言わんばかりの態度だった。のみならず、次のように言ったのだ。
「これは悪夢だったのだ。事故だったんだ。な、忘れてくれ」
美鶴は堪え切れず、怒りを爆発させた。
「わたしはあんたの商売道具なんかじゃない!」
「……とにかく家に帰ろう。な」
平静に努めようとする父の態度に対して、美鶴はもはや自制することができず、近くにあったナイフを手にした――
「み、美鶴、な、何をする?!」
次の瞬間、美鶴が気づいた時には、赤い場面の中に自分という存在がある、という認識しかなかった。
数分後、警察が駆けつけた時、そこは血の海だった。腹を深く刺され、真赤に染まった壮太郎と、血だらけのナイフを握り締めながら呆けた表情の美鶴のほかには、誰もいなかった。
すぐに、壮太郎は病院へ運ばれたが、遅かった。
壮太郎はギャンブル癖が悪く、そのためにローン会社からの借金ばかりが増えてしまった。とうとう返せなくなった時、ローン会社の請求代金として、娘の肉体を提供したのだ。
そのことを知った美鶴は父のことを許せなくなり、憎むようになった。それが動機となってこのような事件が起こってしまった、と世間は見ていた。もちろんローン会社にいた男たちに対して、警察の取調べも行なわれたことは言うまでもない。
美鶴は保護され、裁判によって無罪となったが、一応保護施設で生活することになった。地元から離れ、学校も転校になった。母親はその事件発生後、行方知れずになっている。
僕は疑問に思うことがあった。
あゆみに勝るとも劣らないイイ女……
これはいったいどういう意味なのか。まさか、あゆみは昔、ローン会社の男たちに乱暴されたことがあると言うのか。この父親ありて、この娘あり、とはいったい何を意味しているのか。
僕は、あゆみと蒼川一族のことを何でも熟知しているわけではない。まだ調査段階だ。わかっているのは、僕は、この蒼川健作という人間は、にいまん(♂)とあゆみの間で産まれたことくらいだ。しかし、それすらも全面的に信じているわけではない。そこに、また何か秘密があるのじゃないか。
僕はいつか、そのことについて、にいまん(♂)と対決することになるだろう。もしかすると、単なる親子ゲンカに終らず、予想もしない陰険な結果になるかも知れない。たとえ、僕らに決裂の時が訪れようとも――